《MUMEI》 魔軍動くこのたびの戦で総大将の大任を拝した惨状愚魔(さんじょうぐま)は、首領のオールダイパンと、軍師の他化愚魔(たけぐま)、それに副首領の無限煙愚魔(むげんけむりぐま)が来るまで、土下座して待っていた。 オールダイパン登場を知らせる太鼓が鳴る。惨状愚魔は緊張した。 愚魔軍の首領・オールダイパンは、無限煙愚魔と他化愚魔を従えて、堂々と部屋に入って来た。 オールダイパンがもちろん上座の中央にすわる。惨状から見て、右側に無限煙愚魔。左側に他化愚魔が正座した。 オールダイパンのしわがれた、やや太い声が響く。 「一同の者。おもてを上げるな」 「うっ…」 顔を上げようとした惨状愚魔は、前のめりに倒れそうになった。 「冗談じゃい。一同の者。おもてを上げい!」 「ははあ!」 惨状愚魔は恐る恐る顔を上げると、寝ずに暗記した挨拶を口にする。 「オールダイパン様におかれましては…」 「挨拶は省く」 「は、はい」 軍師の他化愚魔が口を開いた。 「惨状愚魔。落ちかけた沢村翔が、今は勇気百倍の生命力で、使命に向かい邁進している。調べたところ、天使の仕業だった」 「天使でございますか」 無限煙愚魔が答える。 「掟破りにも、天使が地球に舞い降り、直接沢村翔に指導している」 「で、天使の名前は?」 「ライムだ」 「ライム…」 惨状愚魔が複雑な表情をすると、オールダイパンが聞いた。 「惨状。ライムと因縁でもあるのか?」 「はい。あの小娘には、何回斬り殺されそうになったかわかりません」 「そうか。もう一つ気がかりは、ライムの守護神の強飛じゃい」 「強飛かあ…」 軍師と副首領が苦い顔をして下を向く姿を見て、惨状愚魔は言い放った。 「強飛ごとき、この惨状愚魔が、一刀両断のもとに斬って落とします」 「控えろ!」 他化愚魔が怒鳴った。 「強飛は魔界最強のカバムーと互角の死闘を演じた猛将だぞ!」 「待ちんしゃーい」 オールダイパンが口を挟む。 「戦には士気が大事じゃい。春夏秋冬のことではないぞ」 滑る以前の問題だ。 「今、惨状は強飛ごときと言った。この意気が戦には必要じゃい。総大将が強飛を見て弱腰になれば、勝てるわけがない」 「ははあ!」 「惨状。期待しとるぞ」 「あまりにも、もったいなきお言葉にごさいます」 オールダイパンは立ち上がった。 「緊急指令じゃい。天使ライムを、生け捕りにせよ!」 「ははあ!」 ついに魔軍が動き出した。 その頃、ライムと沢村翔は、四畳半の部屋で仲良く夕食をとっていた。 「翔君。実はね。急がなければいけない理由があるのよ」 「急ぐ?」 「作品を完成して、世の中に放つ。そこまでやったら、あたしは帰るわ」 翔は寂しい顔をして聞く。 「宇宙にか?」 「ええ」 「そうか」 近く別れなければならないのなら、感情は閉じ込めたほうがいい。翔は平静を装った。 「地球は、居心地悪いか?」 「翔君が優しいから居心地はいいけどね。今あたしは、危うい状態にいるの」 「危うい状態?」 ライムは一瞬ためらう。 「聞きたい。何でも言ってほしいよ」 「実は、地球にいるとき、あたしは人間の肉体を持っているわけよ」 「うん」目が輝いている。 「地球にいる間に、もしもこの肉体を奪われたら、天使失格。資格は剥奪され、帰れなくなる。そうなれば、そのまま人間として生きるしかない。だから、地球人とは、絶対に恋に落ちてはいけないの」 翔は、エロティックなルールに驚いていた。 「オレは大丈夫だよ。変な気は起こしてないから」 「翔君のことは信じてる。あたしが警戒してるのは、悪魔よ」 「悪魔…」翔の顔が曇る。 「悪魔にさらわれたら、生身の体のあたしが何をされるかは、目に見えているから」 「そんなことさせない」 翔の言葉が虚しく響く。敵は目に見えないのだ。守りようがない。 「わかった。急ぐよ」 「心配しないで。あたし強いから」 前へ |次へ |
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