《MUMEI》
2
ぱち。

突然意識が浮上した。
視界が定まり、ニーナはきちんと床に寝かされている自分に気付いた。


意識も記憶もはっきりしている。

5年ぶりの帰郷。
その道すがら、小競り合いに巻き込まれた。正確にいうと自ら首を突っ込み、少々暴れた。まるくおさまったと思いきや、やたら手痛い仕返しを受けたのだ。


腕に力を入れてみると、思いの外すんなりと動いた。指の感覚もある。たいしたことはなかったのかと体を起こす。

「……!!」

内臓に電流を流されたような痛みが走り、床に沈んだ。途端にどっと汗が噴き出す。呻きながら肩で息をしていると、するっと襖が開いた。


「お目覚めですか」

気絶寸前に聞いた、あの声。

「無理しないでください。肋骨がいくつか折れたせいで、大掛かりな手術をしたんです」

声の主を見上げる。

男前と称されるであろうきりっとした顔立ちながら、まるい瞳の印象的な男だった。
どこにでもいる町人の格好をしていたが、旅人かなと思った。この地の生まれで、黒い瞳に黒い髪を持つ者はいないからだ。

「話せますか?」

「うん」
少しひりついたが、咽から声が出た。それを見て男は柔らかく笑い、枕もとに腰を下ろした。

「ここは御神の土地、最西端の宿場町にある宿屋です。貴方は担ぎこまれてから、5日ほど眠っていました」

「5日…」
思いのほか長い。
呟くと、男は丁寧に頷いた。

「治療は全て滞りなく行われましたが、最低でもあと半月は安静にしていただく必要があります」

「うん」
咽に損傷はないらしい。むやみに胴体を動かさなければ、普段通りに会話はできそうであった。

それにしても助かった。自然と安堵の息が洩れた。一時は最悪の事態を覚悟し、渡れば黄泉という川すら見た。気がする。しかしまた己の足で旅ができるのだ。素性を知らぬこの男が、女神に見えた。

「名を」
掠れた声で問うと、

「巳兎と申します」

ミト。
頭の中で反駁する。聞き慣れない響きだった。やはり遠方の出のようだ。

「オレはニーナ…」
「はい」

もっと話しがしたい。
そう思いつつも、急に襲ってきた睡魔に降参寸前であった。瞼を上げる筋肉がいうことをきかない。

「ミト…」

「そばにおります。新那様」

穏やかな声をどこか遠くに聞きながら、ニーナは意識を手放した。

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