《MUMEI》

息子の手のひらに、蝉がいる。
それも、全ての羽を、むしりとられて。
必死で這いずり回っている。



目眩と。
恐怖と。
懐かしさと。




妻が、蝉を払い落とし、翔太を叱り付けている。
その声も、遠く聞こえた。


何だろう。
酷く苦しい。
動悸が、おさまらない。
息子の行いが、衝撃的だったからじゃない。あの程度のこと、自分だってしたはずだ。
もっと何か。
重大な。
何かを、思い出しそうな。



「「逃げてしまったんだよ」」



低い、懐かしい男の声。




そして、私は、全てを思い出した。

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