《MUMEI》
愛は会社を救う(75)
「苦しかったでしょうね」
その心情をおもんぱかって優しく言葉を掛けると、由香里は静かに頷いた。
口元には微かに、淋しげな笑みを浮かべている。
「それがある時、わかったんです。自分の中にあるのは、ただの"憧れ"なんかじゃないってことが」
私には思い当たることがあった。
「アストリンジェント…ですか」
そう尋ねると、由香里が感心し切った様子で、私の顔を眺めた。
「赤居さんって、本当に何でもご存知なんですね」
「私がまだ幼い頃、母親からも同じ匂いがしましたから」
遠い昔の話をしていると、鼻先にふっと、あの化粧水の香りが通り過ぎた気がした。それは、おぼろげな記憶ではあったが、懐かしい母の匂いに違いなかった。
「山下さんは香水がお嫌いな方なんです。青地さんも抑え目なメイクしかなさいません。でも、そのお二人から、いつも同じ香りがしていて」

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