《MUMEI》
愛は会社を救う(78)
「あなたは私の指示通りに仕事を覚え、ついに自分の存在を彼女に認めさせることに成功した…」
「今夜、山下さんと会います」
まるで恋人と約束でもしたかのように、不意に由香里が声を弾ませる。
これほど嬉しそうな表情は、今までに見たことがなかった。
「そうですか」
彼女にしてみれば、渡りに船といったところだろうか。
しかし、その無防備な笑顔を見て、私は一抹の不安を覚えた。
正確には、"寂しさ"と言った方がよいだろうか。
「心配なさらないでください。もちろん、呼ばれた意味はわかっています」
こちらの憂いを察したのか、由香里が慌てて言葉を付け足す。
「でも、私にとっては、ずっと待ち望んでいたことなんです」
その一途さに接しては、私はただ頷く以外に術がなかった。
「あなたの努力が実を結んだんです。向こうの意図とは関係無く、あなたはただ自分の思いを遂げて来ればいい。彼女は何も、気付いていませんから」
居たたまれない気持ちになって、私は由香里に背を向けた。
そして、屋上から立ち去るべく、ビル内に降りる階段へ向かって歩き始めた。

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