《MUMEI》

努めて素気なく返しせば寒いから嫌だ、との即答が
「ねぇ。まー君。お願い」
幼い頃の愛称で呼ばれ全身に鳥肌が立つ
田畑がその名で呼ばれる事を嫌がっていると解っていて嫌味に連呼した
結局、ソレに耐え兼ね、腰を上げる羽目になった
「行ってくりゃいいんだろ。ファファ、留守番頼むな」
深々と溜息をつきながら寝巻から服へと着替え田畑は出かける
「いってらっしゃいです。正博君」
その背へと言ってやれば、田畑は僅かに振り返り口元に微かに笑みを浮かべそして出かけて行った
その様を見、美佐子が肩を揺らす
「……正博の処に来てくれて、ありがとね。幸せの妖精さん」
美佐子の言葉にファファの眼が見開いた
なぜ自分の正体を知っているのか、と
不思議で仕方がないといった様な顔だ
「ど、どうしてわかったですか?!」
驚くばかりのファファへ
だが美佐子は何を返してやる事もせず一人納得し頷くだけだった
「どうりで。あいつの雰囲気が変わったはずよ。そっか、あなたのおかげだったんだ」
「正博君のお姉さん?」
「美佐子でいいわよ」
「じゃ、じゃあ美佐子お姉さん。どうしてファファがCat`sだってわかったですか?」
何もファファ自身の素性は語っていない筈、とファファは美佐子の方を見やって
そのファファの頭へ、美佐子の手が触れた
頭をなでるソレは田畑とよく似ていて、ホッと安堵に表情が緩む
「……何か、懐かしいな」
撫でる事を続けながら、おもむろな美佐子の声
何の事かと小首をかしげて見れば、美佐子の顔に曇りが見え始めた
本当に瞬間的な、寂し気な顔だった
「ご、ごめんね。また干渉に浸っちゃって。これだから私って駄目なのよね」
困った風に笑いながら、ごめんねを再度ファファへ
やはり曇ったままの表情に、
「ファファ、何かいけない言、しちゃったですか?」
自分が何かしてしまったと思ったのか
項垂れてしまった
その様に、美佐子は慌てて首を横へ振った
「ううん、そうじゃないの。ちょっと、昔の事、思い出しちゃっただけ。ファファちゃん、でいいんだっけ?あなたの所為じゃないから、安心して」
「……はい」
気にするなと言われてしまえばそれ以上言って返す言葉はなく
ファファは美佐子のん横顔を唯眺め見る
田畑によく似た横顔、ソレが溜息をついて
そしてファファへと向いて直る
「……昔ね、私の所にも来たことがあるの」
「来た事がある?何がですか?」
「あなたと同じ、幸せの妖精さん。私の処に来たのは確か男の子だったな。突然目の前に現れて。その時はやっぱり驚いたけど、必死になって傍に置いてくれって頼むから断れなくて」
「ファファと同じCat`sが……」
「そ。あの頃は楽しかったな、あの子連れて色々なところ行ったり遊んだり。でも」
一度言葉を区切ると、一度大きく呼吸をしそして改めて話を続ける
「暫くして、あの子居なくなっちゃった。突然、テーブルに手紙一枚だけ置いて」
「ど、どうしてですか!?」
「私の(幸せ)が解らないって。自分は駄目なCat`sだって。そう書いてあったっけ」
「美佐子お姉さんの幸せ……?」
「馬鹿よね。その紙見るまで私そんなこと全然意識してなくて。いつの間にかあの子がいるのが当たり前になっちゃてて。でも居なくなってからなんだか(幸せ)そのものがなくなった感じがしたの。」
「美佐子お姉さん……」
「あの時の私にとって、あの子と一緒だった時間こそが幸せだったことに後になってから気が付いたの。……今の正博もきっとそう。だからね、ファファちゃん」
言葉も途中に強く抱きしめられた
美佐子の香水の香りが間近
大人の女性の、いい香りだった
「出来ればずっとあいつの、正博の傍に居てやって。あいつ、無愛想だし口下手で無口だし、可愛げなんて全然ないけど、いい奴だから……」
縋る様な美佐子へ
ファファが向けるのは満面の笑い顔で
「正博君はとっても優しいです。ファファは今とっても幸せです」
その笑みに、美佐子は微かに肩を揺らした

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