《MUMEI》
祥子
「祥子!?」

名前を呼ぶと、祥子はハッと顔を上げ嬉しそうな笑顔を浮かべた。僕は彼女の前にしゃがみ込み、目線を合わせる。

「何してるの、こんな時間に…俺、仕事って言ってたじゃん」

尋ねた僕に、祥子は柔らかく微笑んだ。

「今日、どうしても会いたくて」

はにかむ彼女を、抱きしめたくなった。必死に理性をかき集めて、それを踏み止まる。
彼女は照れ臭そうに続けた。

「連絡しようと思ったんだけど、驚かせたくて…」

そこで一度、口を閉ざした。
僕は彼女の美しい顔を眺め、黙り込んでいた。彼女は恥ずかしそうに俯き、僕の視線を避けるように、自分の膝に顔を埋めた。
そうして、か細い声で、囁いたのだ…。


「終電終わっちゃったから、泊めてくれる?」


一瞬、聞き間違いかと思った。もしくは、夢か幻か、と。
祥子は顔を上げて、目の前で驚いている僕の顔を見つめ、微笑んだ。
僕は息を呑み、思い切ったように「…良いけど…」と答えた。

「男の部屋に泊まるって、どういう意味か、わかってる?」

僕の言葉に祥子は笑い、「ドラマみたいな台詞、言うのね」と呟いた。
そうして、真剣な眼差しを僕に向け、美しく微笑んで、言ったのだ。

「彰彦さんになら、構わない」、と。

彼女の返事を聞いて、僕は喜びに身体が震え出した。もう、限界だった。すぐに彼女の腕を掴むと、部屋に連れ込んだ。

ドアを閉めると、靴を脱ぐ間も与えず、僕は彼女を抱き寄せて、口づけた。祥子は抵抗しなかった。最新は浅く、それから貪るように唇を吸いつづけた。


バカバカしい理性なんか、吹っ飛んでいた。


狭いベッドの上で、僕と祥子は生まれたままの姿で絡み合い、お互いの身体を愛し合った。僕に組み敷かれた祥子が、泣きながら僕を感じている様を見て、僕も涙が零れそうになった。

今まで、女を抱いて、こんな切ない気持ちになったことはない。

本当に幸せで、もし明日世界が滅んでも構わないと、本気で考えた。


僕等は明け方まで愛し合い、目が覚めたのは、次の日の昼頃だった。


ぼんやりとした視界の中、僕の腕の中で安らかな寝顔をした祥子を見つめ、思わず顔がほころんだ。

しばらくその寝顔を観察していると、小さな唸り声を上げながら、祥子はゆっくり瞼を持ち上げる。

僕は彼女と目が合うと、微笑んだ。

「おはよう」

すると祥子も柔らかく微笑みを返した。清々しい朝日に照らされた彼女の顔は、本当にキレイだった。

僕等は代わる代わるシャワーを浴びて、簡単に身支度をし、それから朝ご飯を食べた。もちろん、祥子の手作りのものだ。

僕は一口食べる毎に、「うまい、うまい」とご飯の感想を述べ、その度に祥子は恥ずかしそうに微笑んでいた。

食事を済ませ、食器を片付けると、急に祥子は帰る支度を始めた。もう少し彼女と一緒にいたい僕は、それを引き止めると、彼女は困ったように微笑む。

「急に押しかけて、居座るなんて申し訳ない」

それが彼女の言い分だった。僕は戸惑う。あんなに愛し合ったのに、何故そんなよそよそしいことを言うのだろう。

「お邪魔しました…」

そう言った彼女の顔は、どこか、悲しそうだった。僕は胸が締め付けられる。

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