《MUMEI》
居酒屋ふりむん
仕方なくマスターはオバァがその気になるのを黙って待った。
「あい、お兄さん、お水貰おうかね、冷えてるならさんぴん茶がいいねぇ、喉が渇いたさね。」
マスターはとりあえずこの場はオバァに言われるままにするしかないと思った。
「気付かなかったね、今持って来ようね。おい金城、冷蔵庫にお茶冷えてるから持って来て、余計な物出しちゃダメだよ。」
「なんで俺がそんなセコイ事をせんといかん訳?訳分からんさあ、」
ブツブツいいながら金城が冷えたお茶をコップに入れて持ってきた。オバァはそれを旨そうに飲んだ。
「はぁ、今日はちかれたびん、これで生きかえんど、」
やっと落ち着いたオバァはおもむろに鞄からタバコを出して火を点けた。
マスターの後ろには赤ら顔の新垣、その横に鳶の親方の比嘉が黙ってオバァを見ていた。オバァはそんな空気をまったく気に留めなかった。オバァは再びゆっくりと煙草を燻らせていた。
「さてと、誰がマブイをどうしたってね?」
やっと吸い終えタバコを揉み消しながらオバァが言った。マスターが今までの経緯を話始めるとオバァは目をつむり時々うなづきながら黙って聞いていた。
「あい、オバァ、起きてるね?
後ろにいる客達が心配して声を掛けた。それでもオバァはびくともせずに黙って聞いていた。
「マジで本当にオバァ、ちゃんと生きてるよね?大丈夫ね?」
微動だにしないとはこのことでオバァはまるで身体だけがそこにあり意識も魂もそこにないと言うように見えた。
それでもマスターはサトウキビ畑から突然出て来て出合い頭にぶつかって診療所に運んだ事、医者に大丈夫だからと言われて家に連れて来て丸二日近く寝ていて気付けに泡盛を飲ませたらまた寝てしまった事などの経緯をすべて話した。
「先生は頭を打ったと言ったんだねー?」
ようやく目を開いたオバァが聞いた。客達はオバァが寝ていなくてホッとしたのかみんなの肩から力が抜けた。
「打つには打ったんだけどあまり強くは無いって、一応レントゲンは撮ったけど何でも無いってさ。ところがよ、起きたら何んにも覚えとらん訳さ、記憶喪失ってやつさぁね。ハッシ名前も分からん。」
「それはヤブ医者の誤診さ誤診、ちゃんとした病院で診て貰った方がいいさ、あのドーナツみたいな機械があるでしょ、デカイやつ、あれで輪切りにしたら分かるよ。」
鳶の比嘉がそう言うと一部始終を聞いていた客たちがそうだそうだと同調した。「だけどよぉー何処の誰かも分からん訳だからさ、誰が面倒見る訳?診察代だって馬鹿にならんはずよ。保険証とか持ってる訳?」
「持ってたら誰なのか分かってるでしょー、だから大変な訳でしょ、」
マスターは腕組みをして考え込んだ。
見兼ねた客の中から警察に届けた方がいいんじゃないかとの意見が出たが警察も事件性が薄いと見ると急に対応が冷たくなって結局追い出されるのがオチだとの意見があり賛否が分かれた。
「だからよぉー、ユタのオバァを呼んだ訳だからオバァの話を聞いてみた方がいいさ、」
みんなが揃ってうなづき視線がオバァに集中した。

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