《MUMEI》
エリカ
エリカは尊敬の眼差しでオールダイパンを見つめた。
「オールダイパン様におかれましては、ご健在のご様子。心から嬉しく思います」
「くるしゅうない。ちこう寄れ」
他化愚魔が小声で口を挟む。
「惨状愚魔とは随分応対が違いますね」
「黙りんしゃい!」
オールダイパンは他化愚魔を威圧すると、エリカを見た。
「そなたを呼んだのはほかでもない。任務は簡単じゃ。沢村翔を誘惑し、骨抜きにして、使命を忘れさせい」
エリカは両手をついて笑顔を向けた。
「お任せください。見事、虜にしてみせます」
無限煙愚魔が口を開く。
「沢村翔は、心底ライムに惚れている。振り向かせることは容易ではないと思うが」
「ライムになんか負けません。あたしの魅力光線にかかれば、地球人の男なんかイチコロです」
「よく言った。エリカはセクシーでチャーミー。プリティでスレンダー。沢村翔好みじゃい。大丈夫であろう」
「オールダイパン様にそこまで言っていただき、感激です」
エリカは顔を紅潮させ、美しい表情ではにかんだ。
「誉めてくださり、嬉しさと恥ずかしさで我を忘れてしまいそうです」
苦い顔でエリカを見ていた他化愚魔が、厳しい口調で聞いた。
「エリカ。これは遊びではないぞ。戦なのだ」
エリカはカチンと来た。ムッとした顔で他化愚魔を睨む。
「そんなことわかってます。あたしはいつでも命がけです」
「命がけかあ」
他化愚魔は腕組みをして首をかしげると、エリカに冷たい言葉を浴びせる。
「ならば命を懸けてもらおう。もしも、しくじったらどうする?」
「絶対しくじりません」
「では、しくじった場合はオクトパエスをよこす」
「え?」
エリカは怯えた。
「ちょっと待ってください!」
「絶対にしくじらないんだろ?」
「あ、でも…」
「だったらどんな約束でもできるはずだ」
エリカは他化愚魔に向き直り、深々と頭を下げた。
「尊敬する大軍師様。先ほどの態度はお許しください。この通りです」
エリカは本気で頭を下げた。
「ですから、オクトパエスは待ってください」
「ダメだ。背水の陣でかかれ」
エリカは助けを求めるようにオールダイパンを見たが、冷徹な表情。
彼女は力なくうなだれた。
「わかりました」
自分は、大事にされていない。エリカはその場を辞した。
大変なことになってしまった。しくじれば命はない。物理的に命がけの仕事だ。何が何でも沢村翔を虜にするしかない。
エリカは翔の動きをキャッチし、今夜はビジネスホテルに宿泊していることを突き止めた。
ノートパソコンを打っていた翔は、夕食のために部屋を出た。その隙にエリカは部屋に侵入。全裸になると、ベッドに潜り込んだ。
やがて翔が帰って来る。女が寝ている。驚いて声をかけた。
「ちょっと君」
「ん?」
静かに目を開ける。寝ぼけ眼で翔を見ると、びっくりした顔。
「きゃあ!」
「静かに!」
「あなただれよ!」
「君が部屋間違えたんだ」
「え?」
エリカはわざとらしく部屋を見回すと、照れ笑いを浮かべた。
「ごめんなさい、あたし酔っぱらっちゃって」
「いいよ」
エリカはつぶらな瞳で翔を見つめると、掛布団を両手で掴む。
「あの、あたし裸なんですけど、浴衣着ますから向こう見ててくれますか?」
すると翔はエリカに迫った。
「もしかして全裸?」
「はい」
エリカは赤い顔で怯える。
「全裸と聞くと布団に潜りたくなるよね」
意外な展開。エリカは内心ほくそ笑んだ。もう虜にしたかもしれない。
「あ、変なことはしないでね」
「するよ」
翔は本当にベッドに乱入。
「きゃあ!」
掛布団に潜り込む。しかし出てきた顔は翔ではなく強飛だった。
「ぎゃあああああ!」
「ここは地獄の三丁目だあ!」
エリカはどっちに転んでも万事休す。
「やい小悪魔。同じ手に引っかかるとはドジなヤツだ」
エリカは力が抜けた。
「もうダメだ…」

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