《MUMEI》

「そっか……。正博はちゃんとファファちゃんに幸せをあげられてるんだ」
よかった、と小声で呟いて
美佐子の腕がファファから離れた
見ればファファは笑顔のまま
ソレは本当に心からのモノで
美佐子は安堵にかとを撫で下していた
「な、何か、ホッとしたらお腹すいちゃった。肉まん、まだかな……」
独り言に小さく呟いたその直後
家の戸が開く音
コンビニの袋を担いで帰って来た田畑がそこから姿を見せた
「何がほっとしたって?」
美佐子の話を最後の方だけだが聞いていたらしく、田畑は首を傾げて見せる
その仕草が、美佐子にしてみれば幼少の頃と何一つ変わっていないのが可笑しくて
ファファと向かい合わせに笑いだしていた
「な、何だよ。いきなり」
「何でもない。ごめん」
田畑から肉まんを受け取り一口
美味そうに肉まんをほおばる美佐子に田畑は微かに肩を揺らすと
袋から何かを取って出し、それはファファの手の平へ
「お前にはこれな」
そう言いながら手渡したのは、手袋と毛糸の帽子
コンビニからの帰りの途中
商店で売られているのを見かけ、ファファにとつい買ってしまったらしく
彼女の雰囲気にあった可愛らしいものだった
「正博君、これ……」
「そろそろ雪降るかもって、天気予報言ってたし。手袋とか、あった方が寒くなくていいだろ」
言いながら、田畑はファファに手袋と帽子を付けてやる
田畑の気遣いが嬉しかった
田畑を幸せに、と頑張らなければならないのは自分の方だというのに
彼から与えられる幸せ
ソレがファファには素直にうれしく感じられる
「ありがとです、正博君。とっても温かいです〜」
「気に入ってくれた?」
喜ぶファファに田畑が無意識に笑みを浮かべ
そのあまりに優しげなソレに、美佐子は初めて遭遇し驚いた
だが、それを口に出す事は決してせず、ただ二人を眺めるばかりだ
「これなら、大丈夫か」
美佐子の呟く声に田畑が向き直る
その言葉の意味が分からず僅かばかり顔を顰めた
「何の事だ?美佐姉」
「何でもない。アンタはそのままでいいの」
問いに対する答えでないソレに田畑は益々訝し気な顔で
だが美佐子はやはり語る事をせず唯笑うばかりだった
そして何を思ったのか徐に立ち上がる
何処かへ行くのかを田畑が問えば
「折角都会に出て来たんだから色々とみてみたくてね。夕方には戻るから。じゃ、行ってきます」
田畑達に向け手を振ると美佐子は出かけて行った
担いできた荷物は床に散らかしたまま
その荷の量はまるで家出でもしてきたかと思う程多かった
まさかと荷を片し始めた矢先
電話が着信に鳴り響いた
その喧しさに軽く舌を打ちながら受話器を取れば
『もしもし、正博君かい!?』
其処から聞こえてきた声は美佐子の亭主である瀬口 洋介で
随分と慌てている様子に自分の予想が大方当たっている事を確信した
「洋介さん、お久しぶりです。また、美佐姉と喧嘩ですか?」
指摘をしてやれば当たっているのか受話器の奥から引き攣った笑い声が聞こえる
『やっぱり正博君のところに居たんだね』
「ええ、ついさっき押し掛けてきましたよ」
『ごめんね。迷惑かけて』
「洋介さんが謝ることありませんよ。それで今回の喧嘩の原因は何なんですか?」
事の成り行きを訪ねてみれば
瀬口は言いづらそうに暫く黙りこみ
だがゆっくりと話す事を始めた
『僕の服装の事で少し……』
「服装、ですか?」
『美佐子、僕の選ぶ服がいちいち気に入らないらしくて。余りにも文句ばかり言われるもんだから』
「……洋介さんには毎回気苦労ばかりかけますね。申し訳ない」
『正博君が謝る事じゃないよ。それで、美佐子と代わってくれるかな?』
「それがついさっき出掛けてくるって出て行ったんですよ。携帯に掛けてみたらどうです?」
『それが、出てくれないんだ。』
「……あの馬鹿」
この場に居ない美佐子への愚痴を小声で呟く田畑
腹の虫が収まるまで出ないつもりだろう事を予想し深い溜息だ

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