《MUMEI》
水割り
「…暇だ。」

貴士は大あくびをしながらカウンターにうなだれる。

確かにマスターの言う通り、誰一人やって来ない。

余りの暇さと、ゆったりとしたジャズのメロディーラインが、寝不足の貴士を襲う。


「はぁぁ…。マジでやばい。眠過ぎる…。」

二度目の大あくびをした直後。


キー…


本日一人目の客が入ってきた。

「いらっしゃい…ま、せ…。」

だが次の瞬間貴士は固まった。

「水割りを…。」

「あ、あの…」

「水割りを。」


その、忘れもしない不気味な目に睨まれて、貴士は次の言葉が発せず、クルリとバックバーへ向く。

客に背を向けたまま、貴士話し掛ける。


但し、バーテンダーとして。


「ウ…ウイスキーは何に致しましょう?」


ポーカーフェイスなんて、とてもじゃないが、やってられない。
客に背を向けているのが唯一の救いだが、どうしたって動揺が声に現れてしまう。
「何でもいい…。お前さんのお勧めをおくれ。」

「では…。」


貴士は適当にウイスキーを選ぶと、目の前の老婆に差し出した。



暫く無言の時が続く。

重い空気が店内を覆う中、漸く老婆が口を開いた。

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