《MUMEI》 天使の弓矢エリカは急に強気の目になると、強飛を睨んだ。強飛も睨み返す。 「強飛。あたし、しくじったらオクトパエスの餌食にされることになってるの」 「そいつは気の毒だなあ。冷酷な魔軍らしい無慈悲なやり方だ」 「あんな奴に水中でいじめられた挙げ句に殺されるなんて無念過ぎる。だから強飛の手で。お願い」 「何を言ってる?」 「どうせなら好きな人の手で殺されたい」 「そんなこと言ったら普通の男なら許してしまうだろうが、俺にそんな技は通用しないぞ」 しかしエリカは裸の体を強飛の目の前に投げ出し、両手両足を広げて目を閉じた。 「お願いします。ひと思いにやってください」 本気だ。強飛はエリカの顔をじっと見た。 「まあ待て」 強飛はエリカの手を取ると、起こした。二人はベッドに腰をかけた。エリカは裸なので、浴衣を羽織る。 「エリカ。天使に転向する気はないか?」 「あたしが?」 エリカは驚きの表情で強飛の横顔を見つめた。 「俺も元は鬼神だ。それが守護神に転向した」 「あたしに務まるかなあ?」 「選択肢はないと思うが」 「でも、裏切り者には死あるのみ。怖いよ」 「このまま帰ってもオクトパエスの餌食だ。どっちがいい?」 エリカは強飛の手を握った。 「あたしを守ってくれるの?」 「甘ったれるな。守ってくださいと言われて、はい守りますというわけには行かない」 エリカは俯く。 「よし。エリカ。しくみを教えてやろう」 「しくみ?」 「天使は常にサーチライトを照らして、アンテナを張り巡らせて、困っている人はいないか。悩みのある人はいないか。苦しんでいる人はいないか。街じゅうを飛び回って探している」 エリカは真剣に聞いた。 「そして、困っている人がいたら、そこへ飛んでいって守る。あるときは夢の中でヒントになるメッセージを送る。あるときは身近な人の身に入り、助ける。あるいは奮起する映画や本へ導く。あらゆる方法を使って、苦難を打破して立ち上がるまで、尽力する」 「それが天使の仕事?」 「そうやって365日24時間一生懸命働いている天使なら、宇宙の守護神がこぞって守る」 エリカは、強飛の言わんとしていることが理解できた。 「わかったわ。頑張ってみる」 「エリカにならできる。大丈夫だ」 「ありがとう」 強飛は立ち上がると、エリカを優しい目で見た。 「エリカ。おまえが天使の心を持ったら、弓矢をやろう」 「剣ではなくて?」エリカが白い歯を見せる。 「天使の弓矢だ」 「今すぐちょうだい」 エリカが甘えた感じで両手を出した。 「まだ小悪魔の習性が残ってるな」 エリカは慌ててかしこまる。 「そんなことないです」 「まあそう慌てるな」 一方、沢村翔は。 ライムのいない生活は灰色だった。毎日が曇天だ。 「会いたい」 食事をするときも、お膳の前にいたライムを思い出す。 「ライム」 本を読んでも、全く集中できずにすぐ閉じてしまう。 ふと、ライムの言葉を思い起こした。これでは幻滅されてしまうではないか。 翔は仕事に夢中になることで忘れようと思った。しかしライムの顔がずっと浮かんでいる。 あの弾ける笑顔がまた見たい。本当にかわいいライム。魅力的な心の恋人。会いたい。 振り切っても思考が戻ってしまう。ライムのことしか頭にない。 「ライム。ダメだ。やっぱり帰ってきてほしい」 こんなに人を好きになったことはない。狂おしい。このまま二度と会えないのではないか。まさか。 「ライム。約束を破るような子じゃないと信じてる」 この声は聞こえているはず。翔はそう思うと、言わずにはいられなかった。 「ライム。君を死ぬほど好きだから胸が破裂しそうだ。自分で心を奪っておいて、幻滅というのはおかしいぞ」 何を言っているのか。翔は急いで訂正した。 「嘘だよライム。君には感謝しかない。また優しくしてあげたい。会いたい」 ダメだ。狂いそうだ……。 前へ |次へ |
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