《MUMEI》
輝かしい未来
結婚したあと僕と祥子は、幸せな毎日を過ごしていた。

朝、目覚めると、隣に祥子の寝顔がある。朝食はいつも、祥子の手作り。仕事帰り、時間が合えば、地元の駅で待ち合わせて外食をする。休みの日は遠出のデートをしたり、二人で一日中、たまっている掃除や洗濯をして、ゆっくり過ごす。

そんな、毎日。

絵に描いたような、『幸せ』。
でも、僕等にとっては、まだ理想の一歩手前の所だった。


リビングのソファーに腰掛けて、カフェオレを飲みながら、祥子は明るく尋ねてきた。

「最初は、女の子が良いよね?」

その隣で、ブラックコーヒーを啜っていた僕は、「うーん…」と悩んでみせた。

「男の子もいいじゃん。一緒に無茶出来るし」

すかさず祥子は「無茶って、なにするのよ〜?」と笑った。彼女の眩しい笑顔を見て、僕も思わず微笑んだ。



祥子は、妊娠した。

籍を入れ、新居のアパートに引っ越して、新しい二人の生活に慣れてきた頃、彼女はよく体調を崩すようになった。仕事中も、目眩がしたり、気分が悪くなったりしていたようだ。

そして、彼女が仕事を休み、病院へ行った日のこと。

仕事を終えて、夜遅く帰ってきた僕に、彼女は笑顔でこう言った。

「お医者さんに、おめでとうございます、って言われた」

一瞬、何のことか分からなかった。彼女は少しはにかんで、続けた。

「…赤ちゃん、出来たって」

その台詞に、僕は彼女を抱きしめ、子供のように大喜びした。

僕等は、二人とも子供が好きだった。だから早く子宝に恵まれたら、と願っていた。


僕は祥子の顔を見つめ、真剣な声で言った。

「早く準備しないと!ベッドだろ、ベビーカーに、洋服に…あ!オモチャも必要か!…いや、その前に名前だ、名前!お義父さんにも相談しなくちゃ!」

まくし立てる僕を見て、祥子は笑った。

「そんなに慌てなくても、まだまだ時間はあるよ〜」



あのときが、まさに『幸せ』の絶頂。

僕は未来に想いを馳せた。

僕と祥子と、そしてまだ見ぬ新しい命と、ともに歩んでいく筈の、輝かしい未来に。



けれど。



悲劇は、突然、僕等の前に訪れた。




いつもの如く、帰りが遅くなった僕は、家に入り、固まった。

真っ暗なのだ。
もう、夜中の12時をまわりそうだというのに、家の中には明かりが一切ついていなかった。

その日、祥子は仕事が休みで、産婦人科に検診に行くと、朝、笑って言っていた。

まだ帰っていない、ということはないだろう。
どこかに出掛けた、ということも、ない筈だ。祥子がこんな夜遅くに、家を空けていたことは今までに無かったし、玄関の鍵は、開いていたから。


嫌な予感がした。


僕は慌てて靴を脱ぎ、家に上がると居間へ入った。
やはり居間も真っ暗で、カーテンも開いている状態だった。

一体、これは…。

呆然としている僕の視界に、ソファーにちょこんと腰掛けている祥子の姿がぼんやりと見えた。暗いせいでよく見えないが、彼女は俯いているようだった。

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