《MUMEI》 3ただじっとしていればよいと甘く見ていた療養生活は、見事に忙しなかった。腹が痛んだり足が痛んだり、熱を出したり気絶したり腹が減ったりと息つく暇もないニーナの世話を、ミトはかいがいしくやいた。 物腰が穏やかで、一挙一動が丁寧。かつ博識であり、ニーナが落ち着いている時には話し相手になってくれる。 嫁に来てくれないだろうか。 ニーナは本気で考えていた。 知っていることは少ない。 名前は巳兎。 男。 たぶん20代。 どこか遠方の出身。 見ず知らずの自分を助け、看病までしている。恐らくというかほぼ確実に、ただの親切な旅人ではない。自分に死なれては困るのか、恩を売りたいのか。いつも穏やかに笑っているだけで、その真意は掴めない。 不気味だ。 しかし惹かれていた。 男色の気はない。 21年間生きてきて、同性を恋とか愛とか性の対象として見たことはない。 けれども。 「失礼しまーっす」 のっそりと男が入ってきた。 背が高くがっちりとした体つきに、全身黒の装束を纏っている。一気に部屋が狭くなった。 「頼蔵か」 「やだな、そんなあからさまにがっかりしないで下さいよ。巳兎さんじゃなくて残念でしたね」 「あぁがっかりだ」 「ハハハ、愛だなぁ。巷の美女にも興味ない若様がね」 赤い毛に切れ長の瞳。 軽口を叩くこの男、ライゾウという。 新那の忍である。 「お前、ここ数日どこ行ってた?」 「町にいましたよ。若様をお守りするため、この宿屋で寝泊まりしてます」 「見舞いも来ないで…」 「これでも奔走してたんすよ。幸いこの宿場町は周囲を山に囲まれてるんで、手当たり次第薬草集めて、金にしてきました。治療費と宿泊費と、ばかになりませんからね」 主を守る役目にありながら、この様。大怪我の責任を、ニーナの想像以上に感じているのが頼蔵であった。 「頼蔵にできることはそんくらいす」 「それは助かる。ミトさんが立て替えてるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしてた」 「さすがにそこまでは」 「そういえば頼蔵、オレが寝込んで腹を切ると騒いだんだって?大丈夫そうだな」 心配だ、とミトが言っていた。 しかし見たところそんな様子はない。 「そりゃ最初は落ち込みましたよ。そこをミトさんに救われました。今オレにできることをするしかないってね。あの人はなんすかね、人の面倒を見るのがうまいようすね」 ニヤニヤしながら薬の支度を始めた頼蔵を見て、ニーナはとんでもないことに思い当たった。 前へ |次へ |
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