《MUMEI》

『正博君、美佐子が帰って来たら君から謝っておいて貰えないかな。それから早く帰って来てほしいって』
「わかってます。美佐姉は責任もってそっちに帰らせますから」
『有難う!流石は正博君だよ!それじゃ、頼んだよ!』
長々しい電話がようやく終わり
離す相手を失った受話器が虚しく音ばかりを鳴らす
すぐさまソレを置いていた
「嫁が嫁なら旦那も旦那だな」
人様の夫婦間にとやかく首を突っ込む趣味は田畑にはなく
ついぼやきが出る
だがそれも当事者が居ないから言える事で
美佐子本人を目の前に言おうものなら想像するだけで恐ろしい
「まぁ、夫婦喧嘩は犬も食わんって言うし。ほっとくに限るな」
溜息混じりの田畑
傍らのファファは彼の言葉の意味が理解出来ず小首を傾げて向ける
「お犬さん、何か食べないんですか?好き嫌いは、良くないです……」
「そうじゃねぇよ。美佐姉の事は放っとけばいいって事だ」
「美佐子お姉さんの事……?」
「美佐姉な、なんか旦那と喧嘩したらしい。それで家出してきたみたいだな」
理由を語らなかった所から大方そんな事だろうとは思った
一度負手腐ってしまうと中々機嫌は直らず
その姉をどう宥めてよいか
田畑はため息ばかり吐くと、床に散らばったままの彼女の荷を取り敢えず片し始めた
ファファもソレを手伝う
「美佐子お姉さん、どうしてケンカしちゃったですか?ケンカは悲しいです……」
顔を伏せたファファは悲し気な顔で
田畑は宥めてやろうと細く笑むと、ファファの頭に手を置き優しく撫でてやった
髪を梳いていく田畑の指がとても心地よく感じる
「そんな顔すんな。ファファ」
彼女の額に自身のソレを重ね合わせながら
言って聞かせてやる声はファファの耳に優しい
「喧嘩するのは、お互いをもっと知りたいからだ。だから、大丈夫」
「お互いを知ったら、お姉さん達はもっともっと仲良くなれるですか?」
「おそらくな。だから心配すんな。あいつもガキじゃねぇんだし、明日になったら旦那が恋しくなって時運から帰るって言い出すだろ」
「仲よしは、明日ですか?」
「そ、明日」
だから、安心しろ
小さく華奢なファファの身体を抱き上げ目線を同じ高さへ
いきなりなソレに驚くファファへ笑いながらそう告げてやった
その田畑の笑い顔がファファは何より好きで、ゆっくりと頷いて返す
「そうですね。明日には美佐子お姉さんは仲良しに戻ってます。そうだったらファファとっても嬉しいです〜」
「お前が言えば、本当になりそうだ」
向かい合わせの笑顔
幸せの妖精であるファファの笑みなら
全ての人間に幸福が訪れる様な、そんな気さえして
田畑も、自然にこぼれてくる笑みを止められなかった
絶対に、大丈夫
この不確かすぎる言葉すらやけに現実味を帯びる
「……さて、掃除やら洗濯やらを片すとするか」
思い出したように部屋を見回し
溜息混じりに呟く田畑へ、ファファも頷くと二人は作業を始めたのだった……

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