《MUMEI》
一皿。
「お待たせしました。」

乙矢に倣って会釈して入るようにする。


「乙矢君、君は若いのに話が解るね。仕込めば七生君も見込みがある、瞳子の友人は中々才気に溢れる人材が豊富だなあ!」

思いの外、上機嫌のお父さんに安堵する。
乙矢がもり立ててくれていたようだ。


「もう、仕事の話はしないって約束したじゃない!」

瞳子さんは何事も無かったかのように席に着いた、ただ、俺とは目を合わせてなかった気がする。

その後、七生があからさまにふて腐れた面でやってきた。


「七生君どうしたのかね!」

瞼の腫れは応急処置が施されて一目で怪我をしたと分かる。


「ちょっと……廊下が綺麗だったもんでスライディングしてたら、ぶつけちまいました。」

実際、七生ならやり兼ねない嘘である。


「高校生だものな、それくらいやんちゃな時期もあるだろうね!」

お父さんも笑い飛ばし許してくれる器の大きさを持ち合わせていた。
何を食べても喉元で引っ掛かる感覚がある、内腿を足癖の悪い男の爪先が突いてくるせいか?


「七生君はスポーツは何かしていたのかい?」


「野球で投げてたけど肩壊れたから辞めて、高校は放送部で、朗読やったよ。」


「七生さんはとても素敵な朗読をするんですよね。」

瞳子さんはうっとりと七生を見つめている。
確かに、七生の朗読は部屋にあったCDで聴いたが、かなり凄い。


「瞳子の誕生日にはお世話になったね、生憎私は欠席してしまって聴けなかったんだが今出来ないかね?」

瞳子さんのお父さんは中々無茶ブリする……そんな、マイクも本も無いのに。


「いいスよー。」

エエ、あっさり……?!
軽すぎないか?
突然の振りで、賞も貰った朗読を環境も整っていない場所で披露だなんてそんな声を安売りするようなことを!


「お前、もう内容忘れてるんじゃないか?」

乙矢が真面目に心配している。


「大体は頭に残ってるし。いっちゃうよー!」

ローストビーフを口に運んだフォークをそのままマイクにして七生は威勢良く叫ぶ。
……座ったままだったけれど。

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