《MUMEI》
大事にしてあげて
僕はリエとホテルへ行った。


部屋に入るなり、僕はリエをベッドの上にに放り、組み敷く。僕達は唇を吸い合いながら、乱暴にお互いの服を脱がせ合った。

余裕なんかなかった。

艶かしい声で喘ぐリエに、祥子の姿を重ねた。僕は、リエを通して祥子を抱いていた。
赤くなる祥子の顔。熱に浮かされた祥子の身体。上擦った祥子の喘ぎ声。溢れ出る祥子の温かな液体…。


僕は間違いなく、記憶の中の祥子を抱いていたのだ。

あの、美しく愛おしい妻を。


何度絶頂に達しても満足出来ず、半ば意識を無くしている彼女の身体を好きなように弄ぶ。僕の腕の中、涙を流す彼女を見て、身震いした。

祥子、祥子…。

渇きに似た、この欲望が消えるまで、僕は彼女の身体を貪った。




その一件以来、僕とリエは身体の関係を持つようになった。自分でも、バカだと思うが、止まらなかった。

仕事中も、二人で意味ありげな視線を交わしたり、仕事を終えたあと、二人で姿を消すこともあった。

職場の仲間に、僕達の関係が薄々気づかれることに、そう時間はかからなかった。

僕とリエは度々、店長から呼び出され、それぞれ事情を聞かれたが、お互い絶対に口を割らなかった。知らぬ存ぜぬを貫き通し、はぐらかした。

認めなかった。

だって、僕が抱いていたのは、リエじゃない。祥子だ。

身勝手な言い訳だが、僕はそうやって込み上げてくる、祥子に対する自己嫌悪から自分を守っていた。

リエは職場の噂を気にして、じきに仕事を辞めた。それでも僕達は逢瀬を繰り返した。


枕元で、リエは「嬉しい…」とよく呟いた。彼女は、気づいていないのだ。僕が、リエを妻の身代わりにしていることを。


一方、何も知らない祥子は、残業や飲み会と嘘をついてリエと会っている僕に、女神のように清らかに微笑みかけ、「あまり無理しないで」と労ってくれた。


祥子の微笑みを見る度、罪悪感がついてまわった。
それでも、せっかく見つけた『代わり』を手放すのは嫌だった。

愚かしい欲望の為に、僕は二人を裏切り続けた。


そんな怠惰な日々を送っていた、ある日。


珍しく僕と祥子の休みがかぶり、僕等は朝から家にいた。昼食を済ませると、祥子は対面式のキッチンで、すぐに食事の後片付けを始めた。僕はリビングに移り、テレビの電源をつけて、床の上にごろんと横になる。


それは、唐突だった。

のんびりくつろいでいる僕に、祥子は呟いた。


「好きなひと、出来たの?」


僕は微かに肩を揺らした。好きなひと?何のことだ?まさか、リエのことか?祥子はリエを知らない筈だ…。

色々な考えが、ぐるぐると頭の中を巡り、僕は困惑する。落ち着け。必死に自分に言い聞かせながら、僕は、テレビを見つめたまま、平静を装って尋ね返す。

「何のこと?」

祥子は水道の蛇口を捻り、水を止めた。ゴー…と、排水溝が水を飲み込む音が、耳に残る。

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