《MUMEI》
順応
男はゲームに出てくるゾンビのようにユラユラと不自然な動きで歩いて来る。
彼は慌てて逃げたが、タツヤは何故か逃げようとしない。
不敵な笑みを浮かべながら、男が近づいて来るのを待っている。
「おい…」
彼が声をかけると、タツヤは手を彼の方に向けて突き出した。
黙って見てろ、ということらしい。

彼はタツヤから離れた場所で様子を見守ることにした。
念のため、ナイフを握りしめる。

男が目の前まで来ると、タツヤは男の腹に思い切り蹴りを入れた。
男は低く唸りながら後ろへ転んだ。
そして突然、意味不明な言葉を叫びながらナイフを両手にしっかり持ち、タツヤ目掛けて突進してくる。
しかしタツヤはヒョイとそれを横にかわすと、そのまま男の背中を蹴り倒した。
男はズシャっと顔から地面に突っ込んでいく。

タツヤはさらに男の前に回り込んで顔を蹴り上げる。
男は声にならない声を上げて転げ回った。
その顔は鼻血やら口からの出血やらで真っ赤になっている。
さらにタツヤは転げ回る男に最期の一撃とばかりに大きくジャンプして男の上に着地した。
鈍い音が男の体から聞こえてきた。
それから、男は痙攣を起こし、間もなく動かなくなった。
「勝利!!」
ガッツポーズを決めながらタツヤは余裕の表情で彼の元へ歩いて来た。
そんなタツヤを見ながら「あんたはレイカよりひでえよ」と彼は首を振ってみせた。
「え?なんで??殺してないぜ?やっつけただけ」
不思議そうに首を傾げるタツヤ。
「……あれは殺されるよりも嫌だ。生き地獄だ」
その言葉に、タツヤはニィと笑って「俺の蹴りスゲェだろ?高校の時はサッカー部だったからな」とシュートする真似をした。
やっぱり、タツヤも普通じゃないかもしれない。
「で?なに?なんか聞きかけてたけど」
その場から少し移動してタツヤが言った。
「いや、人を殺したり、今みたいに半殺しとかして何にも思わないのかと思ってさ」

彼はタツヤに倒された男に目をやった。
自分の命が危ないこの状況でも、ついその姿に同情してしまう。
「ま、最初は色々思ったりもしたけど。毎日こんなに死体やら殺す、殺されるを見てれば嫌でも慣れちまうって」
軽く言って笑顔さえみせるタツヤに、彼は複雑な気持ちになった。

死に慣れる。

人はどんな状況にも順応してしまう生き物らしい。

もうすぐ自分もそうなるのか。

ぼんやり思いながら彼は空を見上げた。
白い雲がゆっくり流れている。
今日はいい天気だ。

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