《MUMEI》
女子更衣室
運送会社の倉庫内作業。夕方からの勤務で、男性アルバイトが社長から、つなぎの作業着を受け取っていた。
「君は?」
「Lです」
「はいL。君は?」
「LLです」
「はいLL。次は?」
「Mです」
若い女の声。社長はまじまじと彼女を見た。
ボリュームのあるお洒落な茶髪。美しい表情。50歳の社長は目が危なく光る。
肉体労働とは知らずに来てしまったのだろうか。この紅一点に社長だけでなく、ほかの男性アルバイトも注目していた。
彼女はスタイルがいいから、赤いTシャツにジーンズというラフな格好も魅力的に映る。
社長は危ない顔で聞いた。
「サイズはM?」
「はい」
「僕はSだからフィーリング合うかもよ」
彼女は作業着を受け取ると、社長のセクハラを無視して聞く。
「あの、女子更衣室はどこですか?」
「女子更衣室なんかないよ」あっさり答えた。
「あ、じゃあトイレで着替えてきてもいいですか?」
「ダメよう、時間ないんだからさあ。さっさとここで着替えちゃって」
彼女は目を丸くした。
「ここで着替えるんですか?」
「そうよ、みんな着替えてるでしょう」
彼女は周囲を見回した。確かに皆ズボンを脱いで作業着を着ている。しかしそれは男子だからできることだ。
「すいません、どこか女子更衣室の代わりになる部屋を用意してくれますか?」
「さっきっから女子更衣室ってねえ、VIPのつもり?」
彼女は困った。着替え終わった男子もチラチラと見ている。つなぎの作業着だからジーンズを脱がなければいけない。
「社長。やっぱり女子更衣室を用意してください」
「まだ着替えてないの君だけよう。一人で着替えられないなら手伝ってあげようか?」
何を思ったか、社長は彼女のTシャツをめくった。セクシーなおなかが見える。
「キャア!」
彼女は作業着を叩きつけて怒った。
「何するんですか、セクハラですよ!」
「セクハラ?」
社長は怖い顔で歩み寄る。彼女は焦った顔をして下がった。
「そんなことでセクハラとか言ってんの。セクハラっていうのはねえ。こういうことでしょう」
「キャア!」
社長が体を触りまくる。
「やめてください、やめて、いい加減にしなさい!」
ガンと口に肘打ちが入った。周囲は目を丸くして驚く。社長は唇に手を当て、何度も出血の有無を確かめるポーズ。
「おい、おまえ、何してるかわかってんの?」
凄んでもあまり怖くない。どこかユーモラスな印象があるが、セクハラは犯罪だ。彼女は社長の目の前に警察手帳を開いて見せた。
「話は署で聞きます」
「あっ汚ねえ!」
社長は蒼白だ。
「訴えがありましたよ。前にも若い女性を男性が見ている前で着替えさせたでしょ?」
「囮捜査って違法じゃないの?」
「いいから来る」
泉沙知は社長の服を掴むと連行の構え。
「待ってよ刑事さん。仕事の段取りがあるんだからさあ。武人の情けがあってもいいでしょう。逆恨みするよ」
沙知はキッと怖い顔で睨む。
「嘘嘘嘘」
外にはパトカーが何台も来ていた。ほかの警察官も大勢いる。
泉沙知が厳しく言った。
「社長。あなたのはセクハラじゃなくて痴漢ですからね」
「魔が差したんです。刑事さんがあまりにもわかいかったから」
「そういう反省のないセリフは罪を重くしますよ」
「嘘嘘嘘」
沙知は呆れ顔。そこへ若い男の警察官が走って来た。
「泉さん。あとは僕が」
「いずみって言うの刑事さん。名前、苗字?」
沙知が無視していると、小太りの女性が歩いて来た。
「沙知、大丈夫?」
「はい」
「さち、泉さちって言うんだ?」
「いいから来い!」
警察官に車へ押し込まれながらも、社長は叫んだ。
「さっちゃん」
「はっ?」さすがの沙知も驚く。
「今度オイルマッサージしてあげる」
「貴様!」
「ちがーう、お店持ってんの!」
社長はようやく連行された。沙知は、しばらくエステには行かないと決めた。

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