《MUMEI》
捜査会議
泉沙知は、言葉を選んで話した。
「加藤さん。医師から、洗浄機について、刺激が強いという説明はありましたか?」
「ありません」
るりは顔を上げた。やっとまともな質問だ。
「くすぐったいのは最初だけで、すぐに慣れると嘘をつきました」
「嘘?」
「あんなことされたら無理ですよ。刑事さんもやってみればわかりますよ」
「落ち着いてください。最後はどうだったんですか?」
「最後?」
「機械を止めたのは医師ですか?」
るりは段々とイライラしてきた。
「止めてくださいとお願いして、すぐに止めてくれたら怒りませんよ。あの医師は何回も止めてくださいってお願いしても意地悪して止めなかったんですよ。おかしいですよね?」
「おかしいです、それは」
刑事が同意してくれた。るりは勢い込んで話した。
「明らかにおかしいわけですから、早くあのインチキドクターを逮捕してください」
「待ってください。もう少しだけ。つまり、医師の目的は意地悪だと?」
「そうです」
「若い主婦を狙った犯行の可能性はありますね。意地悪して困らせるという。問題はそのマシーンですね」
「調べればわかり…」
るりは言いかけてやめた。どうやって調べるのか。あのマシーンが女性を困らせる機械かどうか。調べようがない。
るりは唇を噛んだ。
「加藤さん。医師は、あなたが、その、あの、そうなるまで意地悪することは、しなかったんですよね?」
るりは黙った。本当のことを言って秘密が守られなかったら怖い。
「ええ。そこまでは…」
「そこまで容赦なく意地悪したら、ひどいですけど、止めてくださいって何度もお願いしたら、止めてくれたんですよね?」
「もう結構です」
るりが立ち上がって部屋を出て行こうとしたので、沙知は慌てて止めた。
「待ってください、違うんです」
「あなたも同じ目に遭えばわかるわよ。どんなに悔しいか」
「何言ってるんですか。あたしは加藤さんのことを信じています。ほかに被害者がいるかもしれません。だから確実に逮捕するために逃げ道を塞ぎたいんです」
「逃げ道?」
「こういう犯罪は立証が難しいんです。証拠不十分だと逃げられちゃうんです」
るりは力なくうなだれた。
「すいません。取り乱して」
「いえ」
沙知は、るりの肩を優しく押してすわらせると、自分も腰を下ろした。
「加藤さん。犯人は調子に乗ってさらに犠牲者を増やすかもしれません。断固阻止したいので、協力していただけますか?」
「…はい」
「卑劣です。絶対に許せません」
るりは、沙知の真剣な表情を直視した。初めて来て良かったと思った。
加藤るりを帰してから、沙知は窓の外を見つめて思索した。
難しい事件だ。慎重にかからなければいけない。失敗すると、ただ単に、彼女が感度がいいだけという結果になりかねない。
犯罪を届けた勇気ある市民に、赤っ恥をかかせるなど、断じてあってはならない。
捜査会議の部屋には、ベテランの二人が早くも来てすわっていた。眼鏡をかけているほうが鍋咲学。人の良さそうな感じの岡松悠二は、だれに対しても丁寧だ。
「あ、鍋さんがこんなに早く。珍しい」
「法子とは姿勢がちゃうよ」鍋咲が笑う。
「興味ある事件だからでしょ?」
「赤山さん。人聞きの悪いこと言ったらダメですよう」岡松が言った。
会議室には、有島課長、泉沙知、若い福嶋淳平と次々入ってきた。
ホワイトボードの前に有島と泉沙知。沙知の隣が小太りの赤山法子。その隣が福嶋淳平。少し空いて、沙知の真向かいに鍋咲学と岡松悠二だ。
「今回は触った触らないの単純な話じゃないからな」有島が言った。
「犯罪として立証するのが難しい事件です。でも、被害者はレイプと同じだと怒っています」
沙知の真剣な眼差し。しかし鍋咲学は笑顔で発言した。
「沙知。基本的な質問してもええか?」
「どうぞ」
「イったんか?」
「退場」法子が言った。

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