《MUMEI》
墓参り
電話で、リエに別れ話を持ち掛けると、彼女は半狂乱になった。

なぜ?どうして?私、何かした?気に食わないことがあるなら、言って。今、言って。全部直すから…。

次々と投げ掛けてくる声に、僕は頭を痛めた。リエが哀れに思えた。けれど、ここで僕が折れては、駄目なのだ。
僕はため息をつき、答えた。

「俺が一番大切にしたいと思うのは祥子だけで、これから先もそれは変わらない。リエには、悪いことをしたと思ってる。最低だよな。恨んでも構わないよ。それでも、俺の気持ちは、リエには向かない」

はっきりと自分の気持ちを伝えると、リエは押し黙った。もしかしたら、泣いているのかもしれない。

数分間の沈黙のあと。

リエが今まで聞いたことないような低い声で、ぽつんと呟いた。


−−あなた、地獄に堕ちるわ…。


精一杯の恨み言だったのか。そう言い捨てると、リエは電話を一方的に切った。ツー、ツー…という機械音を聞きながら、僕は何とも言えない後味の悪さを感じていた。


それ以来、リエとは連絡を一切とらなかった。




リエと別れたことを祥子に伝えると、彼女は泣いた。何もいわず、声を殺して啜り泣いた。
僕は祥子のその涙を、僕が最終的に祥子を選んだことを喜んだものと勝手に解釈した。

けれど、違ったのだ。



リエが最後に言ったあの台詞。

『地獄に堕ちるわ』

それが、このあと、現実となって僕の目の前に現れるなんて、考えもしなかった−−−。







墓前に手を合わせていた僕は、不意に視線を感じて、顔を上げ振り返った。

そして、驚く。

肩下まで伸ばした髪。華奢な身体のライン。透き通るような白い肌。
そして、印象的な、美しい双眸…。



「祥子…?」



僕は譫言のように、愛しいひとの名を呼んだ。祥子にそっくりな女性が、少し離れた所から、僕を見つめていた。

彼女も、驚いた顔をしていた。まるで幽霊でも見たかのように。

僕はゆっくり立ち上がり、彼女をじっと見つめ返した。パステルカラーのカットソー。オフホワイトのフレアスカート。若い女の子の服装だ。彼女のその手には、雰囲気にそぐわない、仏前用の菊の花が握られていた。

僕は、違う…と心の中で呟く。


違う。祥子じゃ、ない。


彼女の正体が分かり、少しだけ、緊張した。そして改めて、彼女の名を呼んだ。

「お久しぶりです…紀子さん」

彼女−−紀子は、その言葉に我に返って、すかさず僕を睨みつけた。
その目には、はっきりと憎悪の念が映っていることに、僕は気づいた−−−。

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