《MUMEI》

紀子は、祥子の4つ離れた妹だった。

姉妹はとても仲が良く、祥子はいつも楽しそうに紀子の話をしていた。


「紀子は小さい頃から、いつも私にべったりで、何処に行くにもついて来たわ。美容院もお買い物も、いつも一緒。私がお嫁に行くときも、あの子本気で泣いたのよ。『行かないで〜』って。笑っちゃうわよね」


祥子は、いつもの優しい笑顔で、そう話してくれた。

僕等が結婚してからも、紀子はよく家に遊びに来ていた。時々、彼女がリビングでくつろいでいる姿を見かけたから。


紀子の外見は、祥子によく似ていたが、内面は全く違っていた。紀子は祥子よりもずっと我が強く、わがままで、彼女から祥子を奪った僕によく厭味を言ってきた。

僕が祥子に、嫌われてるのかも…と相談すると、祥子は朗らかに笑った。

「紀子なりの愛情表現なのよ。大丈夫。彰彦のこと、気に入ってるわ。あの子、ホントに嫌いなひとには、すっごく冷たいんだから」

祥子の励ましに、僕の心は少し軽くなった。相変わらず厭味を言われ続けたけれど、それなりに僕と紀子は上手く付き合っていた。


−−『あの日』までは。





僕が紀子に一歩近寄ると、彼女はあからさまに嫌な顔をして、叫んだ。

「近寄らないで!!」

金切り声とは、このことを言うのか、と僕はぼんやり考えた。紀子は嫌悪感を剥き出しにして、続ける。

「あんた、何してるのよ、こんな所で!」

そう言ってから、彼女は僕の前にある墓に目を遣った。そして、僕がいけたシラユリの花を見て、目を見開く。
紀子は肩を震わせながら、僕を睨みつけた。

「どういうつもりよ!!今さら、こんなことして!!償いのつもりなの!?酷い屈辱だわ!」

吐き捨てるように叫び、彼女は僕の脇をすり抜けて墓前に近寄った。そして花器からシラユリを乱暴に引き抜く。
その花束を僕に突き返して、さらに言った。

「帰って下さい!!もう二度ここには来ないで!!」

物凄い剣幕だった。
見れば見るほど、彼女は祥子に似ていた。それは多分、彼女が祥子の年齢に追いついてきたからだろう。

そう。
紀子はちょうど21歳。
僕が初めて出会った祥子と、同じ年齢なのだ。

まるで、祥子に怒鳴られているような錯覚すら覚える…。

ぼんやりとしている僕に、紀子は叫んだ。

「ホントに無神経なひと!お姉ちゃんがどんなに苦しんでたか、あんたに分かるの!?」

祥子のことを言われ、たまり兼ねた僕は、「紀子さん…」と彼女の名前を呟いた。しかし、怒りで我を忘れているのか、彼女の耳に僕の呼びかけは届かなかった。

「あんたなんか大嫌いっ!!あんたが離婚に承諾すれば、こんなことにならなかったのに!」

僕は言葉をなくす。呆然と紀子を見つめた。
彼女は祥子と同じ顔で、同じ瞳で、最後にこう、言った。


「あんたが死ねば良かったのよ!!」


その台詞に。

僕は目の前が、真っ暗になった。


…そうだ。

僕が離婚に踏み切っていれば。

僕が祥子を手放していれば。



祥子は、死なずに済んだのに…。



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