《MUMEI》
現れた男
現れたのは男が一人。
店員の案内に従って窓際の席に着く。
 意外と若い。三十代くらいだろうか。黒のスーツを着て、一見すると仕事帰りのサラリーマン。
しかし、明らかに一般人と違うのはその目だ。
まるで感情のない目は油断なく辺りを警戒し、するどい視線を送っている。

「間違いないな」
 出来るだけ男を見ないよう気をつけながらタツヤが言った。
「しばらくしたら出よう。外で待ち伏せしたほうがいい」
 レイカの提案に頷き、三人は会計に行った家族連れに紛れて外に出た。

 店の入口が見える位置で男の様子を観察する。
「気付かれてないみたいだな」
彼が緊張した声で言った。
男はしきりに腕時計を見ている。
「出て来た時が勝負だ」
タツヤも視線を男に向けたまま固い声で言った。


「出てくる」
十五分後、男がいらついた様子で店から出て来た。
「駐車場のほうへ行くみたいだな」
三人は見つからないように男を尾ける。
「動くな」
男が車に着いた瞬間、首筋に銃を突き付けてレイカが静かな口調で言った。
 男は一瞬体を強張らせたが、なぜかフッと息を吐くように笑った。
「やはり、お前達だったか」
低い声で男が言う。
「なんだそれ?知ってたとでも言うのか?」
「ああ。それで?その弾のない銃で何をするんだ?」
「誰がカラだと言った?」
レイカはグイッと銃を強く押し付ける。
「お前達が逃げるとき、全弾打ち尽くしたことは確認済みだ」
「へえ。でも下のは気付いてる?」
 タツヤの言葉に男は下を見た。
 左右後ろ、それぞれからナイフが突き付けられている。
「ふん、なるほど。で、どうしたいんだ?」
 男はそれほど危機感を持っていないように見える。
「カギだせ」
男は素直に車のキーをタツヤに渡した。
 タツヤは警戒するような視線で男を見るが、すぐに運転席へ向かった。
 彼とレイカは男が何か武器を持っていないか確認してから、後部座席にのせた。
  二人はそれぞれ、その両脇に座る。
もちろん、ナイフは突き付けたままだ。
「どこに連れていこうというんだ?」
男は無表情に尋ねる。
「黙れよ。質問は俺達がする」
 彼がナイフを首元へ押し付ける。
 薄く切れた皮膚から血が流れ出した。それでも男は微動だにしない。
「聞きたいことはわかっている。俺達が一体何者なのか、目的は何なのか、だろう」
「話が早いな。答えてもらおうか」
 車をスタートさせながらタツヤは言った。
「残念ながら、答えられないな」
 男の答えに、タツヤはバックミラー越しにレイカを見た。
「答えないと足を刺す」
タツヤの視線を受け、レイカが言う。
 しかし、男は何も言わない。
 レイカは躊躇なく、男の右足を突き刺した。
破れたズボンの下から血が溢れ出る。
 男は一瞬顔を歪めたが、反応はそれだけだった。
「勘違いするな。俺は答えないんじゃない。答えられないんだ」
「……つまり、知らない?」
彼が言う。
 タツヤは疑わしそうに男を振り返った。
ちょうど赤信号で車は止まっている。
「本当か?」
男は小さく頷く。
「俺は末端の使い捨てだからな。何も知らされていない。ただ…」
 男は勿体振って言葉を切った。
「何だ?」
「もし現れたのがお前達だった場合、ある場所へ連れて来いという命令を受けている」
「ある場所?」
タツヤが聞き返した時、後ろからクラクションが響いた。
信号はいつの間にか青になっていた。

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