《MUMEI》
マンション
 タツヤは舌打ちをして車を発進させた。
「ある場所ってどこだよ?」
「我々が所有しているビルの一つだ」
彼の問いに男は勿体振った口調で答える。

男はどこまでも無表情で、何を考えているかわからない。
どことなくレイカと似た雰囲気がある、と彼は密かに思った。
「そこで、俺らを殺そうってんだろ?行くわけねえだろうが」
タツヤは運転しながら視線だけを男に投げ掛ける。
「もし、お前達を殺すことが目的なら、俺が丸腰で来ると思うか?お前達を殺すことぐらい、いつでもできるんだ」
「俺の後輩を利用したり、サイトに俺達の殺人依頼を載せたりしてか?」
「あらゆる手段で、だ。しかし、あそこを脱出したということに、上の連中は興味を持ったらしい。
俺と一緒に行くことが、きっと最後の生き残れるチャンスだ」
「最後?なぜ?」
だんだんと饒舌になっていく男の目の近くにレイカはナイフを持っていく。
どんなに平静を装っていても、さすがに目の前に刃物が迫ってくると恐怖を感じるに違いない。
男の表情に動揺が見られる。
「た、高島さんがそう言ってたからだ」
「高島さん?って誰、それ?」
「俺の直属の上司だ。ビルに連れて来いっていうのも高島さんからの命令だ」
「ふーん」
気のない返事を返しながらレイカはナイフを男の目に近づけたり、遠ざけたりしている。
その度に男は微妙に表情を変える。
(ひょっとして、こいつ反応見て遊んでないか?)
彼はそう思いつつも、ほっとくことにした。

「いよし、到着!」
タツヤの声と共に車が停まった。
外を見ると、古い建物が見える。人の気配はない。
「どこだ?ここ」
この状況では、男が聞くところだろうが、思わず彼が聞いてしまった。
「最近、老朽化のため立ち退きになったマンション。今なら誰もいないぜ」
ニヤっと悪い笑顔を浮かべて、タツヤは車を降りた。
「あいつ、なんでこんなとこ知ってんだろうな?」
「昼に読んでた新聞に書いてあった」
「ああ、そうなんだ」
レイカの返答に納得しながら、彼もドアを開ける。
男も抵抗することなく、車を降りた。
「よし、後ろ向け」
タツヤはそう言うと、変装道具を買ったときに手に入れた、オモチャの手錠を取り出した。
 それを男の後ろに回した両手にはめる。
「これな、意外と丈夫なんだ。ちょっとやそっとじゃ壊れないから無駄な抵抗すんなよ」
「抵抗するなら最初からしてる。今さら必要ないと思うがな」
「それは、わかんねえだろ?ほら、いくぞ」
タツヤは男の腕を掴み、歩かせ始めた。
「で?どこ行くの?」
後に続きながら、レイカが問う。
「部屋は全部閉まってるし、壊すとやばいから屋上」
「屋上?何すんだよ?」
すると、タツヤはいたずらっ子の様な表情で言った。
「取り調べ」

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