《MUMEI》
屋上
屋上は案の定、鍵がかかっていて入れない。
「おい、ちょっと代わって」
男の腕を彼に預けると、タツヤは思い切り力を込めてドアを蹴った。
何度か蹴ると、ドアはかなり派手な音を立てて壊れた。
「ざっとこんなもんよ」
得意げにタツヤはポーズをとって振り返る。
 その様子を呆れて見ながら彼は言った。
「どうせ鍵壊すんなら、どっかの部屋入っても一緒じゃん」
「違うだろうが!気持ちが」
そんなタツヤを一瞥し、彼は男の手錠の片方を屋上の手摺りに繋いだ。
「無視すんなよ!」
後ろでタツヤがむくれている。

「それで?何聞く?」
男をその場に座らせてレイカが聞いた。
「そうだな。まず、こいつが本当に何も知らないのかどうか確かめないとな」
 言いながら、タツヤは男の前にしゃがみ込む。
「嘘などついていない」
「どうかなあ?なんか、信用出来ないんだよなあ?」
 タツヤは男の顔を覗き込んだ。
「じゃあ聞くけど、あんたは普段どんな仕事してるわけ?」
「俺の仕事は上からの命令に従うことだ」
「だから、その命令はどんな内容かって聞いてんだよ」
「殺しもあれば、ただの伝達役もある。時には、子供の使いみたいなこともある。命令があれば、なんでもするのさ」
男は自嘲するように笑った。
「そんなことさせられて、自分がどんな組織にいるかもわからない?そりゃ、おかしくねえか?」
「そうかい?」
笑う男に、タツヤは腹部に蹴りを入れた。
 男は咳込み、胃液を吐いた。

「あんたさ、俺らのことナメてんの?いっとくけど、俺らはあそこにいたんだぜ?もう何人も殺してる。どんな残酷なこともためらうことなくできる。特に、こいつはな」
タツヤはレイカを指した。
 レイカは無表情で男を見下ろしている。
男は彼ら三人を順番に見回して、フッと鼻で笑った。
「別にナメちゃいないさ。どんなに拷問されようと、知らないものは話せない。殺されるのならそれもいい」
「…どういうことだ?」
「俺みたいな奴は、利用価値が無くなればすぐにでも殺されるだろう。今死んでも、時期が少し早まるだけだ。むしろ早く殺してほしいぐらいさ」
男は力なく俯いた。

 タツヤは、微妙な表情をしながら彼とレイカを見た。
「どう思う?」
「俺にはこいつが嘘ついてるようには見えないけど」
 彼は男を見つめながら応えた。彼らを油断させようということも考えられるが、今までの男の行動から、そうも思えない。
もし、そのつもりなら最初からそういう態度をとっていただろう。
 この男は自分が使い捨ての駒だということを自覚している。だから無駄な抵抗もしない。
 流れに身を任せているといった感じだ。
 レイカも同じことを考えたのだろう、彼の意見に同意した。
「奴らが、あたし達のことを予想していたなら、情報を持った人物は送って来ないと思う」
「……こいつはあくまで案内役ってことか」
タツヤは息を吐いて男を見据えた。
「なあ、なんでそんな組織に入ったんだ?」
 彼はずっと思っていた疑問を口にした。
殺されるとわかっていながら入ったわけではないだろう。
「……それ以外に生き残る道はなかったからだ」
男はそれだけ言うと、沈黙した。
「……はあ。わかったよ。行こうじゃねえか、高島さんとやらの所へ」
「いいのか?」
「ああ、呼んでるからにはいきなり殺されるってことはないだろ。こいつが何も知らねえってんなら、俺が自分で調べてやるっつーの」
「ま、逃げてもムダっぽいしな」
彼の言葉にレイカも頷いた。
「おい、運転は俺がするからお前、案内しろ」
 タツヤが手摺りに繋いだ手錠を外しながら言った。
男は深く頷いただけだった。

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