《MUMEI》
高層ビル
三人は男を連れて車に戻った。
「それで?どっちに行けばいい?」
 タツヤは車を発進させながら、後部座席の男に聞いた。
男の指示に従って車を運転する。
「ところで、その高島ってどういう奴なんだ?」

「会ってみればわかるさ」
 さっきまでとは打って変わって口数が少なくなった男は、それだけしか答えなかった。
 それからなんとなく会話もないまま、車は走り続けた。

「ここだ」
 しばらくして到着した先は、高層ビルが立ち並ぶオフィス街だった。
「ここ?意外と普通のビルだな。怪しい組織が所有してるとは思えねえんだけど」
 車を道の脇に停車させて、タツヤはビルを見上げた。
男が指したビルは、その中でも頭一つ飛び出した高さの、まだ新しいものだった。
「よし、覚悟はいいか?行くぞ」
 タツヤは二人を振り返った。
「今さらやっぱ止めようとは言えないだろ。なあ?」「まあね」
 彼とレイカはそう言って頷く。
するとタツヤはニヤッと笑みを浮かべて前を向き直った。
「行くぜ!」
 掛け声と共に、車はビルの地下駐車場へと吸い込まれて行った。


 駐車場に他の車は一台もいなかった。時間は深夜を回っている。
車がなくて当然だろう。
 タツヤは適当に車を停めた。
「こっちだ」
 男の案内に従い、三人はエレベーターに乗り込む。
「何階だ?」
「最上階」
タツヤがボタンを押す。
エレベーターは軽く振動しながら上昇を始めた。
 緊張がエレベーター内を支配している。
 彼はいつ何が起きてもいいようにポケットからナイフを取り出した。
それを握る手が汗ばむ。
 タツヤも緊張しているのだろう。強張った顔で数が上がっていく表示板を睨みつけている。
しかし、レイカはいつもと変わらないように、ただ何もない前を見つめていた。
ポーン。という音と共にエレベーターは止まり、扉が開いた。
 彼は思わず身構える。しかし、扉の先には廊下が続いているだけだった。
そこに誰もいない。
「な、なんだよ。誰もいねえじゃん」
 彼は震える声で言った。

「こっちだ」
 男は彼の言葉を無視して先を行く。
もはや三人のうち誰も、男の腕を掴んではいない。
 男が立ち止まったのは突き当たりの、両開きになったドアの前だった。
 三人もその前で立ち止まる。
ゴクリと誰かが喉を鳴らしたのが聞こえた。
「山野です。三人を連れて来ました」
 男は手錠で繋がれた両手でドアをノックした。
 この時、初めて三人は男の名前を知った。
「入れ」
中から低く、太い声が返ってきた。
「失礼します」
 山野はそう言って、ドアを開けると、無言で三人に入るよう促した。
 三人は一瞬顔を見合わせると、同時に中へ足を踏み入れた。
 部屋の中は広く、窓際には大きな机と革張りの椅子が置かれている。
椅子には誰かが座っているようだ。
 その横には、黒いスーツを着た体格のいい男が姿勢よく立っている。
 おそらく、あの椅子に座っているのが高島という人物なのだろうが、彼達からは椅子の背しか見えない。
「遅かったな」
口を開いたのは横に立っているスーツの男。
さっきの声はこの男だったようだ。
「すみません」
山野は言い訳もせず、体を小さくして謝った。
 スーツの男は山野の姿を見て、鼻で笑った。
「拷問でも受けたか。何も知らないのにご苦労なことだ」
「…ムカつく野郎だな」
タツヤが小さな声で呟く。
 スーツの男は聞こえたのか、片眉をピクっと動かした。
「俺達は高島って人に呼ばれてるって聞いてんだけど?」
 彼は低い声でスーツの男に言った。
「ああ、高島ならそこにいる」
 男の声と共に、椅子がゆっくり回転してこちらを向いた。
そこには一人の人物が優雅に座っていた。

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