《MUMEI》

「アイクー? そろそろはじま……る……」

アイクのいる控え室に一人の少女が入って来た。入学式が始まることを伝えに来たようだが、役目を果たさないまま硬直してしまった。

アイクはあれから眠っていた。現在も眠っている。しかもクッションを抱き締めて。少女は、その寝顔に驚くとともに見とれていたのだ。

(ヤバーーーーーい!! スッッッゴイかわいい!! ああもう、何で美形の人の寝顔ってかわいいのかな!? 抱き締めて頬ずりしたくなっちゃう!!)

抱き締めたい、しかしそんなことをしたらファンに消されかねない。

少女は葛藤する。端から見れば寝ている人の目の前でクネクネする変な人にしか見えないが。

「……ふ……みゅ、う……」

「!!」

そんな中、何やら猫なで声が聞こえてきた。アイクの寝言である。それを聞き逃さなかった少女の理性はぶっ飛んでしまった。

欠片も躊躇う素振りを見せずに、少女はアイクに抱き付く。それから頭を撫で回したり頬ずりしたり…………最早扱いが愛玩動物のそれである。不純な行為に走らないのは少女の純真さの表れであろう。

「……ん……んぅ……? …………!! ティ、ティリカ!? なっななな何してるんだぁッ!?」

元々深い眠りではなかったのだから、あんなことをされれば起きるのは当然というもの。目の覚めたアイクは案の定ひどく動揺している。普段冷静で取り乱すことのないアイクのこの姿は相当貴重だが、見ている者はいない上に唯一の目撃者はアイク以上に動揺していてそれどころではなかった。

「え!? えっとそのえーっとえーっとお、おはよう!! じゃなくてそのこれはえーっとうーんと……と、とととりあえずごめんなひゃんっ!? いひゃーい、ひははんや〜(いたーい、舌噛んだ〜)!!」

少女――ティリカ・リーンは舌を出して両腕を上下にぶんぶん振って痛がっている。相当な勢いで噛んだ様子。

悶えるティリカとは裏腹に、アイクは徐々に沈静化していっていた。彼は慌てたり焦ったりしている人を前にすると「自分がしっかりせねば」と思いどんどん冷静になっていくという、正にリーダー向きの性質を持つ。そんな彼が英雄の息子として生を受けたのは果たして偶然か必然か。

何れにせよただ一言、

「さすが『英雄の息子』」

で済まされてしまうが。

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