《MUMEI》
高島
その人物は、ゆっくり息を吸い込んだ。そして、
「はーい、脱走者のみなさーん。こんばんはー!」
満面の笑みを浮かべて三人に手を振った。
沈黙が辺りを包む。
「………え?」
タツヤはとても面白い表情で呟いた。
「あれ?なんですかー?その反応。あたし、ちょっとショックかもー」
彼らの思考が全て止まってしまった。

 現れたのはとても組織の重役とは思えない女。
その声と話し方から、あのヘリに乗っていた場違い女に間違いない。
「えっと、こいつが?」
彼は女を指差しながら、ぎこちない動きで山野を見た。
「貴様!失礼だぞ。高島さんに向かって」
やはり、この女がそうらしい。
彼は改めて高島を見た。
その顔は、まだ十代かと思うほどの童顔だ。マスカラはバシバシに塗られ、アイシャドーと口紅はピンク。
ストレートな髪の毛もピンクに染められ、顎のラインで揃えられている。
さらに服装も、ショッキングピンクなキャミソールの上に淡い紫色のジャケットを羽織っている。
下は机に隠れて見えないが、おそらく似たような色で揃えてあるのだろう。

正直いって色彩感覚がおかしい。

「……ひどい恰好」
珍しく眉を寄せ、表情を歪めながらレイカは言った。
思わず口をついて出てしまったといった感じだ。
「あ、聞こえちゃったぞ?このセンスがわからないなんて、あなた、それでも女の子ですか?」
「そっくり返す、その言葉」
レイカは軽蔑した視線を高島に送った。
高島の表情がピクリと動く。
「ピンクはわたしのラッキーカラーなんですよー?あなたみたいな地味〜な恰好してたら、幸せも寄ってきませんよー?」
「こんな組織にいる時点で、あんたも幸せとは思えないけどね」
「あなた、今の自分の状況わかってます?」
 高島の顔からだんだん笑顔が消えていく。
「あー、それで?俺達をどうしようって?」
彼は、これ以上高島を怒らせないうちに本題に入ることにした。

「えーっと?なんだっけ?ああ、もう!とりあえず、その娘のせいで、今日は気分悪いのでー、続きは明日にしましょう」
「なんだと?ふざけ…」
タツヤの声が途中で途切れた。
それと同時に彼は首筋にビリっとした衝撃を受けた。
目が霞み、頭がクラクラする。

タツヤとレイカが倒れていくのが、薄れゆく意識の中でスローモーションに見えた。
彼もその横に倒れ込む。
そして、最後の力を振り絞って仰向けに転がった。
三人が立っていたすぐ後ろには、いつのまに忍び寄っていたのか、男が立っている。
手に持ったスタンガンに、電気が走っているのが見えた。
「……」
彼は言葉を出すこともできず、暗闇の中へ意識を吸い込まれて行った。

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