《MUMEI》
歪んだ愛
.



その夜、家に引きこもっていた僕のアパートに、仕事を終えた折原が尋ねてきた。
玄関先で僕の顔を見るなり、彼女は真剣な顔をして、「話があるの」と唐突に呟いた。

「あがっていい?」

断る理由を考えるのが面倒になった僕は、ドアを大きく開き、折原を部屋に入れた。

「話ってなに?」

リビングに移動してすぐに僕が尋ねると、折原はかばんを床に置いて言った。

「この前の話の続きよ」

『この前の話』というのは、多分、最近僕の態度が冷たくなったとの話だろう。
僕はため息をついた。折原は続けた。

「前は普通に泊めてくれたじゃない。でも最近、宮沢、変わった。一体どうして?」

僕はうんざりした。
「どうしても何も…」と呻きながら、僕は額に手をあてる。

「俺の態度は変わってないよ。何一つ、ね。むしろ変わったのは、折原の方だろ?」

僕の言葉に、折原は眉をひそめた。

「私?」

訝しげに尋ねてきたので、僕は頷き返す。彼女はさっぱりわからないという顔をした。

「どういうことよ?」

少し、刺を含んだ言い方だった。僕は彼女の顔をチラリと見遣り、答えた。

「そんなの自分が一番、よく分かってんじゃない?」

「分からないから聞いてるのよ」

僕はため息をついた。
面倒臭い。こんな下らない押し問答は、時間を無駄にするだけだ。
意を決し、そして、呟いた。

「俺に『期待』すんの、やめてくれる?」

折原は腕を組み、「…期待?」と繰り返した。僕は瞬き、「言っとくけど」と続ける。

「俺、お前とどうにかなろうなんて、ちっとも考えてないよ」

「どうにかなるって…?」

僕の台詞に首を傾げる折原にイラつく。
そして、だんだんと残酷な気持ちが沸いて来た。僕は、意地悪そうに、折原を眺め、口元に笑みを浮かべた。

「しらばっくれちゃって。みんな、お前の思惑通りだろ?」

折原は戸惑ったように、たじろいだ。僕は続ける。

「独りぼっちになった俺を、親身に励ますフリして近づいて、大酒喰らって酔っ払ってヤっちゃってさ…俺も迂闊だったよ」

「なに、言ってんの…?」

折原は呆然としたように呟いた。まさか僕からそんな言葉が出て来るとは思わなかったのだろう。困惑する彼女を無視し、僕は言った。

「俺のこと、好きだったんでしょ?」

確信を持った言い方に、彼女は口を閉ざした。表情が硬い。図星なのだ。
勝った、と思った。

この会話の主導権は、僕の手にあるのだ。

僕は、勝ち誇ったような目をして、折原の顔を覗き込むと折原は少し、肩を揺らした。それを見て、僕は笑う。

「お前と寝て、かなり気が紛れた。それは感謝してるよ。でもさ、それだけなんだよね。お前の恋人になりたいとか、結婚したいとか、思えないんだよ」

ごめんね、と軽い調子で呟くと、折原は思い切り僕の顔を睨みつけた。

「自惚れないでよ、私は、別に」

彼女の続きを、僕は静かな声で「でもさ…」と遮った。

「『あわよくば』って気持ち、なかったわけじゃないだろ?」

僕の囁きに、折原は目を見張った。本当に驚いたような顔をして、僕を見つめていた。

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