《MUMEI》
雨宮
男に連れられ行った先は、前と同じ部屋だった。
「失礼します」
男はそう言って静かに部屋へ入る。
 この前、高島が座っていた席には初老の男が座っていた。
高級そうなスーツを身につけて、足を組んで座っている。
体型は小柄だが、ただ者じゃない雰囲気を感じさせる。
彼はどこかでこの男を見たような気がするのだが、全く思い出せない。
「さて、さっそく本題に入ろうか」
男は何の前置きもなくそう言った。
「ちょっと待て!こっちは何がなんだかさっぱりなんだよ。まず、お前は誰だ」
タツヤが睨みつけながら、怒鳴ると、男はおもしろくもなさそうにフッと息を吐いた。
「私の名は雨宮だ」
(雨宮?やっぱり聞いたことがある)
彼は必死に記憶を探った。

「そうかい。雨宮さん、レイカがどこに連れて行かれたのか教えてくれるか?」
しかし、雨宮は何も言わない。
「なんとか言えよ!」
彼がイライラしながら怒鳴ると、後ろにいた男が思い切り彼の腕を捻り上げた。
あまりの痛みに声も出ない。
「今の状況がわかっているのか?お前たちを殺すも生かすも私の言葉一つだ。
まあ、あの女なら心配しなくともすぐにここに来る」
その言葉を待っていたかのように、ドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
雨宮の返答を待って、ドアか開いた。
「失礼しまーす。高島、戻りましたー!!」
賑やかに現れた高島の後ろにレイカが立っている。
彼やタツヤのように縛られてはいないようだ。
「よかった。無事だったか」
 タツヤが嬉しそうに話し掛けたが、レイカはタツヤと彼を見ただけで、何も言わずに高島の横に立った。
「なんで、あんたがレイカと一緒に?」
彼が聞くと、高島は首を傾げて、「内緒でーす」と笑った。

「高島。早く報告を」
 雨宮がイラついた口調で言う。
どうやら高島のことが好きではないようだ。
「あ、はいはーい。お手紙預かって来ましたー」
高島は白い封筒を取り出し、手渡した。
(今どき、手紙って。メールすりゃいいじゃねえか)
彼は心の中でツッコミながら、その様子を見ていた。
雨宮は手紙を受け取り、目を走らす。
そして読み終わるとすぐに灰皿の上で火をつけた。
 手紙はジワジワと黒い灰に変わってゆく。
 なるほど、メールではどうしてもデータが残ってしまうが、手紙なら跡形もない。
彼は一人納得した。
「喜べ。お前達に生き残るチャンスを与えてやろう」
雨宮は足を組み換えながら言う。
「はあ?なんだよそれ?てめえは何様だよ」
吠えるタツヤを雨宮は無視して言った。
「上はお前達を気に入っているらしい。なにせ、あそこから脱出したのはお前達が初めてだからな。
明日、二人にはあるテストを受けてもらう」
『二人?』
彼とタツヤが同時に聞き返す。
「そうだ。何か問題が?」
「問題大アリだろ。なんで、二人だけなんだよ? …ああ、そうか。一人は人質ってことか?汚ねえな」
 タツヤの様子を見て、雨宮は初めて笑みを浮かべた。
ただし、明らかにタツヤと彼を馬鹿にしたような笑いだった。
「何笑ってんだよ!!」
彼が怒鳴ると、さらに雨宮はおかしそうに笑った。
「まったく鈍い奴らだ」
「なんのことだ?」
タツヤは険しい顔を雨宮に向けた。
「そこの女だ」
雨宮はレイカを指した。
レイカはまっすぐに雨宮を見返している。
「ああ?レイカがなんだってんだ」
雨宮はもったいぶるように少し間を置くと、低い声を響かせた。
「……そいつはもう、お前達の仲間ではない」

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