《MUMEI》

 「洋介から電話が?」
夕方、漸く帰宅してきた美佐子に電話があった事を伝えた
田畑は勝手にまとめた美佐子の荷を彼女へと突き出しながら、帰ってやったらどうだと一言
言うなり、美佐子が顔を伏せる
「……多少服のセンスが悪ィくらい勘弁してやれよ。頭ごなしに全部否定してやるからケンカになんだぞ」
「だって……。洋介、見た目は格好いいのに、服で全部損しちゃってるんだもん。いつも格好良くしてて欲しいって、思ってちゃいけないの?」
「別にそんな事言ってねぇだろ。俺は唯、お前の考えばっか押しつけるのは感心しねぇって言ってるだけだ」
「正博……」
「大体、下らねぇ理由で家出して来たの、何回目だ?」
「10回、位……」
多少なりバツが悪くなったらしく声が控え目
田畑はあからさまな溜息をついて向けながら
「洋介さんだって馬鹿じゃねぇんだ。美佐姉の考えも多分理解してると思う。……ま、後は二人でゆっくり話し合え。洋介さん、寂しそうな声してたぞ」
「……洋介が?本当に?」
「俺が嘘付いてどうする。大体、なんで俺が夫婦喧嘩の仲裁何かせにゃならん?」
「ご、ごめん」
「謝るくらいなら最初からケンカ何かすんな」
「ごめん」
「今日は止めてやるから、明日にはちゃんと家帰れよ」
わかったな、とファファにしてやると木の様に手を美佐子の頭の上に
それが恥ずかしいのか、美佐子は頬を朱に染めその手をやんわりと解く
「……ハンバーグ食べたい」
「は?」
唐突なその言葉に、田畑が聞き返せば
「ハンバーグよ、ハンバーグ。アンタの作るハンバーグ、私好きなの。作ってよ」
いい歳になってもこういう子供らしい処は変わっていないらしく
だが無下に断ろうものなら後での報復が恐ろしく
渋々承諾し、材料を調達しに田畑は一人スーパーへ
後の部屋にはファファと美佐子
互いに向き直ると、どちらからともなく笑いあう
「何だか、なさけない処見られちゃったね。恥ずかしいな、もう……」
「美佐子お姉さん……」
「こんなじゃ、どっちが年上なんだか分からなくなりそ。もっと、しっかりしないとって、思ってるのに」
「ファファ、美佐子お姉さんはそのままでいいと思います」
「え?」
思いがけないファファからの言葉に、美佐子はファファへと驚いた様な顔をして向けた
「大丈夫です!美佐子お姉さんは今のままでとっても素敵です。ファファそう思ってます!」
「ファファちゃん……」
「きっと正博君だって、旦那さんだってそう思ってるはずです!だから……」
言葉も途中
唐突に美佐子の腕がファファを抱いていた
ファファにはない、ふくよかな胸元に顔を押しつけられ、若干の息苦しさにもがく
「ありがとね、ファファちゃん」
そして耳元で鳴った美佐子の声
甘く、透き通るような大人の女性の声に、ファファは何故か照れながら首を横へ振っていた
「きっと、きっと美佐子お姉さんにも(幸せ)がやってきます。今以上にもっともっと大きな幸せが絶対に!」
多少なり語気も荒く語るファファへ
美佐子は暫く後、口元を微笑みに緩ませながら頷いて見せた
「ファファちゃんにそう言われたら、何だか本当になりそうな気がする」
不思議だと呟き、だがその胸の内には確かな何かを感じて
ホッと胸をなでおろしていた
幸せの妖精が必死になって語った(幸福論)
言われた事を頭の中で再度繰り返しながら
美佐子は持ってきた自身の荷を整理し始めたのだった……

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