《MUMEI》

「人狼。」

首を傾げ、万年筆が指の間を擦り抜ける。


「林太郎君は信じないのだろうけど、君の母君がそうだったのではと思っていたんだよ。二人は朧月夜の夜しか逢えなかったんだ。」

慶一が熱心に語りかけるので、林太郎は聞いてやるしかない。彼はあの騒動の後、誉にすっかり懐柔されて青年貴族倶楽部の一員に加わった。
彼等は何をするかといえば何をするでも無く、ちゃちな賭け事をしたり酒の肴に互いの女から聞いた噂話をしたり……将来政財界を背負う彼等を繋ぐものは娯楽倶楽部で十分なのだ。

しかしながら誉の目的は林太郎に近付くことだと重々承知していたので、口を酸っぱくして屋敷には招待してはいけないと注意している。

何かしら慶一に誉が影響を与えていたのは確かで以前の内気な印象も薄れてはいた。林太郎の気を引く為、誉は慶一に良くした……唯、悪い影響も受けていた。
其れが此の怪奇趣味だ。

青年貴族倶楽部の娯楽の一つに『降霊会』がある。


「其れで、降霊会に招待したい訳か。
……馬鹿げている、大体、俺は其の母君とやらとの記憶は無い、もし霊に会ったとしても何も話すことも無い。」

誉も視点を変えて近付いてくるので油断ならない。


「林太郎君、怖いんだ、母君の幽霊に会うのが。」

林太郎の眉が片方引き攣れた、自分が侮辱されたことにでは無く、慶一が一瞬でも貴族の厭味を使い熟したことにであった。
実質、祖父は慶一を任せ、林太郎の能力を見極めている。
慶一が慶一らしく成熟出来るように最善を尽くして来た林太郎であったが、最近の彼の動向には目に余るものがあり、林太郎は直に青年貴族倶楽部に忠告しなければならない状況迄に追い詰められ、尚且つ誉の手中に入っていたと悟る。

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