《MUMEI》 僕等はお互いの躯の区別がつかなくなるほど、絡み合い、抱き合った。『僕等』といっても、完全に僕の一方的な欲望に因るものだったが。 祥子が先に果て、ベッドの上でぐったりと倒れ込んだ。僕は荒い息を整えて、身体を起こし、ベッドの端に腰をかけた。 心のどこかに、罪悪感があった。 明らかに僕よりも弱い祥子を、力任せに組み敷いて、犯す。 どろどろした欲望と、胸を締め付ける罪悪感のジレンマに、僕はため息をついて、ゆっくり祥子のほうへ振り返った。 そして、驚く。 ぐったりと横になっていた筈の祥子が、いつの間にか半身だけ、起き上がっていて、僕の顔をじっと見つめていたのだ。 その瞳は、ゾッとするほど暗く、闇の深淵を覗き込んでいるようで、光を感じさせなかった。 僕は唾を飲み込んだ。 あらわになった白い胸を隠すことなく、祥子は僕の顔を見つめて、呟いた。 「同じだわ…」 僕は眉をひそめた。祥子はゆるりと瞬く。 「全部、同じなのよ。意味がないのよ」 祥子は、涙を流した。 瞳は僕へ向けられていたが、僕の姿は映っていないように感じた。 僕は言葉をなくす。 祥子は続けた。 「こんなこと、何度繰り返しても、同じ。私と、あなたは昔には戻れない。戻れない。運命なんて、永遠なんて、本当は存在しないでしょう。分かっているわ。分かってる。私も、あなたも」 −−そうでしょう…? そう尋ねられて、僕は、何も言えなかった。祥子は涙を流したまま、微笑んだ。それはかつての女神のような美しいものではなく、疲れ切った、普通の女のものだった。 そのときに、気づいた。 妻の躯からエタニティの香りが、しないことに。 祥子は、止めたのだ。 僕とともに、果てしなく続く《永遠》を夢見ることを。 その日から、僕は祥子を抱かなくなった。 彼女がどんなに取り乱しても、暴れて喚いても、僕は彼女を言葉で宥めるだけで、放って置いた。 祥子はどんどん壊れていった。 心がバラバラでも、躯の一点だけが繋がり合えたら、きっと戻れると思っていた。 二人で微笑み合っていた、幸せなあの頃のように。 けれど、祥子は戻れないと言った。 僕の願いを、彼女は、否定した。 僕は、どうしていいのか、どうすれば、いいのか、分からなくなってしまった。 彼女が戻る日を、信じて待つのか、見放すのか。 僕の精神も、ギリギリのところまで、追い詰められていた。 そして。 『あの日』が、やってたんだ。 前へ |次へ |
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