《MUMEI》
新那、出立する
「お世話になりました」
「よく頑張りましたね」

しわだらけの笑顔に見送られ、ニーナは町を出た。
アンタじゃなくてミトさんの笑顔が見たい、とはさすがに口に出さなかった。


半月以上もの時間を過ごしたが、町を見渡すのは初めてだ。閑散としていて、よくあんな腕利きの医者が見つかったものと感心する。こんな得体の知れない重症患者を受け入れてくれだけでなく、何事も懇切丁寧な町医者だった。


「退院おめでとうございまーす」

人通りのない街道を進んでいると、頭巾を被った男が声をかけてきた。背負っている小さな箪笥から、薬売りであることがうかがえる。

「さぁ御神の地までもう少し、気を取り直して行きましょー」

軽い口調、言うまでもなく頼蔵である。

「あの爺さんはよい医者でしたね。心配だろうからって色々持たせてくれましたよ。これがあれば、若様がまた無茶してもこの頼蔵、治療ができます」

アハハ、と笑う頼蔵を見て、
忍のくせに明るいやつ。
ニーナは苦い気持ちになった。


「出立の旨、ご実家に連絡しときましたよ」

「ほんとは戻りたくない」
「そんなの皆知ってます」

無性に殴りたくなった。

「頼蔵は楽しみすよ。北国には行ったことないし、いいところって聞いてますよ」

「御神はいい土地だ。しかし閉鎖的で事なかれ主義ともいう」

「まー諸国を歩き抜いた若様にはつまらないかも知れませんね」

「もっと西国が見たかったのに」

「若様がさぞげっそりしてるだろーと、ミカミ様は何か仕込んでるようすよ」

「どうせ女だ」

「アハハ、違いない。巨乳でスタイルよくて、頭も切れる美女でしょうね。いいなぁ若様」

「…いい身分なんだろうな」
食うに困らず、
待っていてくれる人がいる。

「そうすね。良い御身分というやつすね。しかし、若様には権利もあれば義務もあります。ぷらぷらしてばかりはいられませんよ」

「姉上のようなことを言う」

「そうそう、その姉上様にお会いするの楽しみにしてるんすよ。若様と血が繋がってるんだから、さぞかし美人でしょう」

「姉上は手ごわいぞ」
「尚更楽しみだ」


新那の故郷、
御神の地まであと少し。


「若様。頼蔵は若様に、人生をかけるほど魅力のあるものを見つけてほしいなぁと思ってるんですよ」
「は?」
「難しいですけどね」

頼蔵がまた笑った。

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