《MUMEI》 父と姉「父上、只今帰りました」 町の中心にそびえる御神の屋敷、そのさらに中央にある主の間。ニーナは正座し、頭を下げた。 「無事で何よりだ。もう帰ってこないかと思ったぞ、新那。跡取りとしての自覚があるようで私は嬉しい」 ニーナと篠乃の父、ミカミである。 寂れた土地を商業をもってここまで育て上げた。今では主様と呼ばれ、この屋敷で悠々自適な生活を送っている。 穏和な人柄ではあるが、生涯現役というような面構えの強さは変わっていなかった。 「いや、相変わらず継ぎたくはないんですけど」 「そんなもの皆知っている」 頼蔵もそう言っていた。 「疲れてるだろ。お前の部屋を片付けさせておいた。休め」 「はい」 帰りたくないの一心で休み休み歩いてきたので、さっぱり疲れていない。しかし帰って早々挨拶まわりは嫌だった。 ニーナが辞そうとすると、 「あらお父様、ご紹介はよろしいんですの?」 姉の篠乃が口を挟む。 にこにこしているが、何か企んでいるのは明らかだ。 「紹介?」 尋ねながらも、女だなと思った。 この父は根っからの女人好きである。ニーナの家庭教師だとか役職をつけて、お気に入りの女人をそばに置くことがしばしばあった。 「まぁ、後でいいだろ」 「そうですか」 「それよりも先ず頼蔵の話しを聞きたいのだが、見当たらんな」 「餡蜜を食ってるところでしょう」 ふたつ注文してあったから。 隠れてついてきているかとも思ったが、話題にされても現れないということは、恐らく屋敷に来ていない。 「私としたことが、甘味処に置き去りにしてしまいましたわ」 「いつか挨拶に来るでしょう。忍は窓も天井も入口だと思ってますから、開けておかなくて大丈夫ですよ」 「そうか。楽しみだな」 「楽しみですわね」 このふたりの考えていることは、考えてもわからない。 ミカミとシノノの怪しい笑顔に背を向けて、ニーナは自室へ引っ込んだ。 前へ |次へ |
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