《MUMEI》
くすぐりの魔術師
竹内が静かに話す。
「夏実。おまえの真後ろにいる竜は、くすぐりの魔術師と呼ばれている拷問のプロだ」
くすぐりと聞いて、夏実は一気に怯えた表情になった。
「夏実。くすぐりは苦手か?」
「やめてください。あたし本当のことしか言ってません」
「くすぐりは苦手かと聞いている」
「苦手です。やめてください」
慌てる夏実の姿を見て、竹内はサディスティックな興奮を刺激された。
「夏実。敵に笑わせられるのは悔しいだろう」
絶対笑いたくないのに笑ってしまう。これは屈辱だ。
「やめてください。ちゃんと本当のこと言ってます」
「まだシラを切るか。ならば仕方ない」
「だれがシラを切ってるんですか…きゃはははははは、やはははははは、やめははは、やめてははははは…」
背後から竜が夏実の脇を上下してくすぐる。夏実は笑いながら暴れた。
「やめははは、やめては、やは、やは、ははははははは…」
真っ赤な顔をして涙を流している。おそらく嘘はついていない。竹内の合図で竜は止めた。
夏実は泣いていた。目を真っ赤にして思いきりしゃくり上げる。
「ひどいことはしないって言った!」
「またくすぐられたいか?」
「やめて、やめて」
夏実はプライドを捨てて哀願した。
「夏実。よく聞け。おまえは婦人警官だから何も聞かされなかった、ということはないか?」
「え?」夏実は、沙知と喫茶店に入ったときのことを思い起こした。
「もう一人は刑事課か?」
「はい」
「刑事課だけは知っていた。そういうことも考えられるな」
夏実は口を結んで横を向いた。
「夏実。その警察官の名前は?」
夏実は震えた。大好きな先輩を売れるわけがない。しかし拷問に耐える自信はなかった。
「その警察官の名前は?」
「あ、と…」
竜が腰をくすぐる。
「きゃははは、待って、やははははは、やははははは」
止めた。
夏実は息が乱れる。
「名前は?」
「…泉」
「苗字か?」
「はい」
「名前は?」
「沙知」
「どんな字を書く?」
「漢字まで聞いてどうするんですか…きゃははは、やははははは、やめて、言います、言います!」
止めた。
(こいつら最低!)
夏実は息を整えた。早く言わないとまた後ろの竜にくすぐられてしまう。
「さんずいに少ない。ちは、知的の知です」
「泉沙知。いい名前だ」
「とびきりかわいい子でしたよ」竜が言った。
「そうか。会いたいな」
夏実は神妙にしていた。体が震える思いだ。
「夏実。沙知の電話番号は知ってるな?」
「電話番号?」
「嘘を言ったら1時間くすぐり続けるぞ」
「待ってください竹内さん」
「名前なんか呼んでもダメだぞ」竹内は笑った。
「違うんです。暗記はしていません」
「そんなにくすぐられたいか?」
「言わないとは言ってません。暗記してないと言ってるだけです」
竹内が悪魔的な笑顔で迫る。
「夏実。よく考えてみろ。今沙知はおまえのことを、血眼になって探しているぞ。無事を知らせてやれ」
確かにそうかもしれない。夏実は下を向いた。
「約束しよう。沙知を拷問しないと」
「絶対ですか?」
「絶対だ。話を聞くだけだ」
夏実は考えた。信じたいが疑わしい。大好きな先輩が拷問されるのは耐えられない。
それに、先輩もくすぐりは苦手なのだ。危険だ。
夏実が考え込んでいると、竹内が耳もとで囁いた。
「夏実。女の子は、どのみち拷問には耐えられない。この大切な体をメチャクチャにされた挙げ句、ついに吐くよりは、無傷の今、素直に話すほうが、おりこうさんだろ?」
夏実は唇を真一文字にして俯いている。
「夏実。おまえが無傷のほうが、沙知も喜ぶだろう。違うか?」
一方、沙知は。
竹内の言う通り、血相変えてそこらじゅうを走り回っていた。
有島課長から電話が来る。
『何か連絡は?』
「ありません。どうしよう!」
『落ち着け沙知。世の中鬼畜ばかりじゃない』
「…はい」

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