《MUMEI》

「星冠社です、先生!原稿戴きにあがりましたよ。」


「いらっしゃいませ峯さん。もう少しで先生も終わりますのでいつもの部屋でお待ち下さいね、珈琲にしますか?」


「そうだね、カステラには調度良い。」

先生は甘い物が好物で、峯さんは手土産にこうしてよく買ってきて下さる。
ぼくもそのおこぼれに与ることもある。


「君も随分此の家に馴染んだね。今じゃ君無しでは此の家は成り立たないだろう、珈琲まで煎れてしまう執事のようだね。」

峯さんは砂糖を必ず四杯半入れる。
前髪をきっちり後ろに撫で付け眼鏡が知的な印象を与える峯さんには意外で、そこに先生と正反対な彼との友情を見出だした。


「峯君!彼は執事では無いよ!」

襖が勢い良く開く。
先生がお仕事を終えられたのだ。


「先生、お疲れ様。」

峯さんが受け取った原稿を目通ししてゆく。


「ふむ、銀座花菱堂のカステラだな。」

先生は箱のままのカステラを切らずに素手で噛り付いた。


「先生お髭剃って……せめて、手を洗ってから食べて下さい。」


「君!其れが一仕事終えた人間に謂う言葉かね!」

口にカステラを目一杯詰めて先生はぼくの頬を抓る。


「お疲れ様です先生、珈琲で宜しいですか?」


「ふむ、上出来。」

先生はぼくの頬を離しいつもの微笑みで再びカステラに噛り付いた。

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