《MUMEI》
誘惑
夏実が竜に連れて行かれる。沙知は竹内に言った。
「何もするなって言って。お願いします」
「安心しろ。人質には手を出さない」
竜だけでなく、ほかの男たちも部屋から出て行ってしまった。沙知は夏実のことが心配でならなかった。
「信じていいの?」
「自分の体を心配しろ」
「約束してください。夏実には何もしないって」
竹内は笑みを浮かべると、内線にかけた。
「小林か。夏実には絶対に淫らなことはするな」
受話器を置くと、沙知を見た。
「これでいいか?」
「ありがとうございます」
「面白いヤツだな。後輩のためなら哀願もするし頭も下げるか」
沙知は唇を結び、横を向いた。
「沙知。やっと二人きりになれたな。後輩の手前、意地も張らなきゃいけないが、今なら俺に甘えてもいいぞ」
「甘える?」沙知は顔をしかめた。
「女の武器だろ。おまえのようなかわいい女に許してくださいとお願いされたら、何もできないな」
雲行きがおかしい。沙知は緊張した。
「沙知。惚れたぞ」
抱きしめられた。沙知は抵抗せずにじっとしていた。いきなり逆上されるのは怖い。ヘタな態度は取れなかった。
「沙知。さっき注射の話をしていたが、取引の物を覚醒剤だと思っているだろう?」
「え?」
竹内はバッグを持ってきた。
「物は薬じゃない。これだ」
機械を見せられて驚いたが、沙知は無表情を保った。
「沙知。これが何だかわかるか?」
「……」
「どんな女ものたうち回る優れもの。悶絶マシーンだ」
竹内が誇らしげに語る。沙知は黙って聞いた。
「おまえみたいにモテる女にはわからんだろうが、女は何歳になっても興奮したいものだ。しかし夫に興奮させるテクも気持ちもない。テクがないだけならまだしも、気持ちがないんじゃ不倫に走るしかないだろ」
「それは違う」
「まあ聞け。もしも興奮だけが目的なら、わざわざ不倫することもない。そこで生まれたのがこの悶絶マシーンだ」
沙知は真顔で聞いた。
「てっきり覚醒剤だと思った。少し安心したわ」
「そうか」
「ならば事件性は薄いわ。あたしたちを解放して。商売ならば、警察が入ることでもないから」
「ダメだ」
沙知は緊張していた。竹内の目が危ない。さっきから胸や下半身に視線が泳ぐ。
「沙知。夏実は解放してやる。しかしおまえは、俺と一緒に海外へ高飛びしてもらう」
「待って。あたしたちを無傷で解放してくれたら、警察は手を引くわ。だって、何も悪いことはしていないから」
竹内は沙知の顔を真っすぐ見る。
「沙知。なぜ警察は取引を知っていたんだ。言わないなら、この機械を股間にはめるぞ」
沙知は慌てた。やりかねない。
「たれ込みがあったの」
竹内は明るい笑顔に変わった。
「素直になってくれたか沙知。嬉しいぞ。なら夏実は知らなかったんだな?」
「ええ」
沙知は俯いた。顔が曇る。
「夏実を危険に巻き込んだことを後悔してるわけか。安心しろ。夏実に興味はない」
沙知は唇を噛んだ。
「それより沙知。そろそろトイレに行きたくないか?」
「別に」
「心配するな。俺は悪趣味ではない」
竹内はあっさり沙知の手枷足枷をほどいた。驚く沙知。竹内は気さくに言った。
「そこがトイレだ」
沙知は警戒しながらもトイレに入った。
竹内の真意は読めない。
沙知はノックされる前に自分から出た。すると、竹内がタオルを渡す。
「シャワーを浴びてこい」
沙知は仕方なくタオルを受け取った。裸になる。これは危険だ。だが夏実が人質に取られているし、従うしかない。
沙知はバスルームに入り、シャワーを浴びた。
脱衣所に出ると、服がなかった。バスタオルを体に巻いて出るしかない。
(まずい…)
沙知は、白いバスタオル一枚を巻いただけの姿で、竹内の前に立った。
「寝ろ」
ベッドがある。沙知は迷った。
「あたしをどうする気?」
「いいから寝ろ」
「ヤです」沙知は睨んだ。

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