《MUMEI》 . もの音が、した。 わたしはゆっくり振り返る。 部屋の入口に、女のひとが立っていた。 彼女はわたしの姿を見て、おびえたような、驚いたような、ふくざつな顔をしていた。 わたしは瞬く。 −−あなたは、だれ…? そう聞きたかったが、声が出せなかった。なぜか、からだが言うことをきかなかった。 わたしが黙っていると、その女のひとは、こわい顔をして、言った。 「起きたの…?」 意味が、わからなかった。 −−起きた? 彼女は低い声で、続けた。 「おかえり、栞。よく、頑張ったね」 彼女はようやく、わらってくれた。 −−《しおり》 その言葉を聞いて、なつかしいとおもった。 なぜ、そうおもったのかは、よくわからないけれど。 ◆◆◆◆◆◆ 白い部屋にあらわれた、その女のひとが、説明してくれた。 わたしは、佐久間 栞という名前で、今年、25歳になるのだという。 彼女はわたしの姉で、静さん、というのだそうだ。 この部屋は、病院の個室で、わたしは、ある夜、交通事故に遭って意識をなくしたらしい。 静さんによれば、その事故は悲惨だったらしいのだが、わたしのからだには、たいした外傷はなかったようで、それはほんとうに奇跡的だったのだということだった。 けれど。 その事故でわたしはアスファルトに頭を強くぶつけ、意識を失い、昏睡状態になった。 それが、いまから、5年前のこと。 5年間という長い歳月を、わたしはただ眠ってすごしたというのだ。 「信じられないかもしれないけれど、すべて事実なの。あなたは事故に遭ってから、今日までの5年間、この部屋でずっと眠ってたのよ」 わたしはぼんやりと静さんの話を聞いていた。頭がぼうっとして、話がよくのみこめなかった。 前へ |次へ |
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