《MUMEI》

「先生、肩が濡れてしまいましたね。足も拭かなければ、今手拭いを用意致します。」

ぼくが敷居を跨ごうとしたら先生が突然、ぼくを引き止めた。


「どうしました?」


「風呂に、入り給え。
今日は特別に一番風呂の権利を譲ろう。」

ぼくが病を患わないか心配してくださっている。


「其れより先生の足の方が先ですよ。玄関にずっと佇んでいるつもりですか?」

風呂はまだ涌かしていない。


「いけないか?」


「いけません。」


「自己犠牲だよ。
美しいだろう?
まあ、君より美しいものはまだ見たことはないけれどね。」


「……揶わないで下さい。」


先生は時々、ぼくを困らせては面白がっている。
口許を上げて片頬だけで笑うのは先生の悪戯をするときのお決まりだ。


「私が好きになった人間なんだ、君は自信を持って良いよ。」

ぼくだって先生を好いている。
先生の好きとは、違うけれど。
そんなだから、自信なんて無い。

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