《MUMEI》
うしなったモノ
.




そして、もうひとつの障害は…。




「この写真を見て」

お医者さんが、一枚の写真をわたしに見せた。

写真には、小さな女の子がふたりと、そのうしろに若い男のひとと女のひとが立っていた。背景には、うつくしいマリンブルーの海がうつっている。

どうやら、家族写真のようだ。

「これは、沖縄に旅行に行ったとき、家族で撮った写真なんだよ」

沖縄。旅行。家族。

わたしはすこしかんがえて、お医者さんの顔を見た。

そして、呟く。

「先生のご家族ですか?」

わたしの質問に、お医者さんは首を振る。

「君の家族だよ」


−−わたしの…?


わたしはもう一度、その写真をながめた。まだ幼い、かわいらしい女の子たち。ふたりはよく似ていて、見ただけで姉妹だとわかる。そのうしろの男のひとと、女のひとは、さわやかな笑顔をうかべて、写真の中から、こちらを…わたしを見つめていた。

お医者さんはわたしと一緒に、写真をのぞきこみながら、説明した。

「君が6歳のとき、家族みんなで沖縄へ旅行に行ったんだ。右側にいるのが君で、その隣にいるのが君のお姉さん…静さん。その後ろのふたりは、君のご両親だよ」

それからわたしの方を見て、お医者さんはやさしい声で聞いた。

「わかるかな?」

すこし黙ってから、わたしは小さく首を振った。わからなかった。全然、覚えがなかった。

それを見たお医者さんは、あきらめたようにふかいため息をついて、彼のうしろにいる看護婦さんに、小声でなにか、話していた。看護婦さんは小さく頷くと、静かに部屋から出ていった。



わたしは、記憶をうしなっていた。



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