《MUMEI》

看護婦さんがお父さんとお母さん、それから、静さんを部屋に連れてきた。みんなが集まったのを確認してから、お医者さんはむずかしそうな顔をして、話しはじめる。

「栞さんは、全生活史健忘だと思われます」

「…全生活史健忘?」と、静さんが繰り返した。

お医者さんが言うところによれば、わたしは生まれてから今までの、自分に関する記憶をなくしているそうだ。

さらにお医者さんは、わたしが事故に遭ったとき、頭をうったのが原因であること。催眠療法での治療が有効であること。そして、時間とともに、わたしの記憶が回復するだろうということを、丁寧に説明してくれた。

みんなは食い入るように、お医者さんの話を聞いていた。わたしだけが、よく事態が理解できず、とまどっていた。

お医者さんは、わたしの顔をながめ、ほほ笑んだ。

「大丈夫。すぐに思い出すよ。一緒に頑張ろうね、栞さん」

わたしは何も答えず、ただお医者さんの顔を見て、一度、瞬いた。



◆◆◆◆◆◆



どこまでも広がる、暗やみで。

とびちった、光のカケラ。

その中で見えたものが、あった。

目の前で倒れている、ひと。

わたしはそのひとに、しっかりと抱きかかえられていた。

そのひとのからだと、わたしのからだの触れ合った部分が、どんどん冷たくなっていく。


やめて。

やめて、やめて。



このままじゃ−−−。



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