《MUMEI》 . 『栞は、俺のことすき?』 『すき』 『じゃあ、付き合う?』 『うん』 簡単な言葉たちの、やりとり。それでも、わたしは嬉しかった。 わたしは《だれか》と手をつなぐ。《だれか》の温もりに、わたしは安心していた。 《だれか》は、わたしの顔をのぞきこむ。 セルフレームの眼鏡の奥にある、きれいな瞳を細め、そして、伸びやかにほほ笑むんだ。 『だいすきだよ、栞』 ああ。 なんだろう。 なつかしく感じる、その声。 だいすきだった、その笑顔。 −−そうだ。 この《だれか》は、わたしの…。 わたしは、手をつないでいる、《だれか》にむかって、呼びかけた。 『柊…』 ◆◆◆◆◆◆ 「なに?」 ◆◆◆◆◆◆ わたしは目を開けた。 ゆっくりと視線をめぐらせると、わたしが寝ているベッドのとなりにある、パイプ椅子に腰かけた男のひとを見つけた。 彼は、わたしの顔をのぞきこみながら、ほほ笑んだ。 「呼んだ?」 やさしい、声。 わたしは瞬きをする。そして、口を開いた。 「…来てたの?」 彼は頷く。 「さっき部屋に来たら、気持ちよさそうに眠ってたから、起きるまで待ってた」 わたしはまた、瞬いた。 目の前でほほ笑んでいる彼−−柊は、わたしが目覚めてから、毎日、病室におとずれていた。 自分のことだけでなく、家族のことも忘れてしまったわたしだったが、どういうわけか、柊の名前だけは、覚えていた。 静さんが、柊はわたしの幼なじみで、同い年の男の子で、昔から家族ぐるみの付き合いがあったことと、そして、 柊が、わたしのボーイフレンドだったことを、教えてくれた。 前へ |次へ |
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