《MUMEI》
愛は会社を救う(93)
支店内は、朝から慌しい空気に包まれていた。
明日は本社の視察が入る。その時間が迫っていた。
丸亀からの指示を受け、私も資料の準備に加勢していた。
研修のため由香里はいない。
しかし今朝、山下仁美は出勤していた。
その仁美の様子が、普段と違う。
必死に平静を装ってはいるが、どことなく挙動不審に見えるのだ。
私は丸亀に資料を届けるついでに、その様子を盗み見た。
いつもはデスクで長い脚を組み、人を寄せ付けない印象があるが、今日はしおらしく膝を揃え、モニタに顔を近付けるようにしてPCに向かっている。
仕事のほうでも頻繁に入力ミスを犯しているようで、しきりにBackspaceキーを叩く音が聞こえていた。
集中力が保てないのか。タッチタイピングがままならず、モニタとキーボードの間を、視線が忙しく行ったり来たりしている。
額には脂汗が滲み、その青白い頬には、焦りの色がありありと浮かんでいた。

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