《MUMEI》

ソレを受け取ると一口
ほろ苦い甘さと香り、その美味さにファファの表情がつい緩む
本当に嬉しそうな笑み
時間が、甘く緩やかない流れていくような気がして
その流れに身を任せた
「ファファ、チョコレートついてる」
田畑の手が不意にファファの頬へ
口元に指が触れたと思えば
そこに付いたチョコレートがおの指にさらわれた
照れくさそうにファファは笑い
田畑も返すように笑むと指先についてしまったチョコレートを舐めて見せた
「やっぱ、お前の作るもんは美味いな、高見」
振り返り、褒めの言葉
他の客が居ないのをいい事に堂々とカウンターに腰かけ煙草を吹かし始めた高見は軽く肩を揺らす
「お前が褒めてくれるとはな。明日、雪でも降らんといいが」
高見の唇が動く度、辺りに白煙が遊び
その煙を邪魔そうに手で払いながら
そういえば、と突然に高見が話を始めた
「お前、表通りにクリスマスの間だけだけどツリーが出来てるの知ってるか?」
「は?ツリー?」
「ああ。ここに来る途中広場あったろ。そこに期間限定でデコレーションされたモミの木が立ってるらしいぞ」
「そんなもん、あったか?」
「俺に聞くな。俺は唯客から聞いただけなんでな。その日、見に来たらどうだ?」
「……そういやクリスマスか」
「折角可愛らしい恋人が居るんだ。クリスマスぐらい大儀がらずにやれ。ケーキ食うだけでも雰囲気出るだろ」
大切な所で面倒くさがるな、と頭を小突かれた
田畑本人、面倒くさがっているという自覚がない為、何となく負に落ちず
つい眉間に皺をよせてしまうが、何も文句を返す事はしなかった
言ったが最後、十倍にも二十倍にもなって返ってくることがわかっていたからだ
「正博君、どうしたですか?」
黙り込んでしまった田畑にファファが問うてくる
首を横へと田畑は降って見せ、何でもないを一言返した
「さて、腹ごしらえも済んだことだし。ファファ、そろそろ帰るか」
「何だ、もう帰るのか?」
席を立つ田畑に高見からの声
返事代わりに手を振って返しそのまま店外へ
高見にクリスマスだと教えられ、改めて見てみれば街はクリスマスムード一色で
煌びやかな装飾がどこの店でもなされていた
「本当にもうすぐクリスマスなんだな。全く気付かんかった」
「何だか皆ぴかぴかしてて、いつもよりきれいです」
「そだな。これで雪でも降れば更にきれいなんだろうけど」
田畑が徐に空を見上げる
降りそうで降らない、もどかしい空の色
冷たさがばかりが増していって
ファファのくしゃみが聞こえてきた
寒くないかを田畑が問うてみれば、首を横へと振って見せる
「大丈夫です。ファファ、平気です」
言いながらも、頬は冷気に中てられ赤くなっていて
その頬に田畑の手が触れ、そこにささやかな温もりが現れた
ほんのりと、だが全てを包み込んでくれる彼の体温に、ファファは大人しく浸る
優しい温もり
ソレを幸せだと感じ、だがソレを田畑からもらうばかりで
自分はそんな田畑に何も返せてない、と僅かに表情が曇ってしまった
「ファファ、どうかしたか?」
膝を折り、ファファの目線に自身のソレを合わせてきた田畑がファファの顔を覗き込んだ
彼がファファに向けるのは、いつも通りの何もかもを包み込んでくれる優しい笑い顔
ゆっくりと首を横へ振って見せたファファが、何でもないのだと笑ってみせる
田畑に気付かれないよう僅かに滲んだ涙を拭うと田畑の手を引いた
「正博君、帰ってお花植えましょう!ファファ、とっても楽しみです!」
「ファファ」
取られた手を逆に引きよせ、ファファを背後から抱き締め田畑
どうかしたのかと、ファファは首だけを巡らせ田畑の表情を窺う
「正博君……?」
「何か、あったか?泣きそうな面してる」
心配そうな田畑に、ファファは慌てて首を横へ、そして笑顔を取り繕う
すれば抱く力が僅かに増した
「どうした?何か思う事があるなら遠慮なく言ってみな」
田畑の声色は柔らかく
ファファは田畑の腕の中、彼の方へと向いて直り首を横に振って見せる
「違うです……。ファファ、ファファ、自分が情けなくて、それで……」
「何で、そんなこと思った?」

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