《MUMEI》 おもい出. 柊は車椅子を借りてくると、ベッドに腰かけているわたしを抱きかかえ、それに座らせた。 柊の頭にわたしの鼻先が近づく。 彼の細い髪の毛から、ひだまりのようなやさしい香りが、ふんわりと香ってきた。 柊は車椅子を押して、病室から出た。 車輪が、カラカラ…と軽い音を立てた。その間、わたしたちは黙ったままだった。 病院の中庭は、若草色の芝生が植えられていて、とてもきれいだった。 わたしと柊は、大きな木のしたにあるベンチに近より、車椅子をベンチのとなりに止め、彼はそのベンチに腰かけた。 わたしは、中庭を見わたす。 柊のように病院へやって来るひとたち、わたしのように病院に入院しているひとたちが、ちらほらと行きかっていた。 「白詰草だ…」 ぼんやりとしているわたしの耳に、柊のやわらかな声が聞こえた。わたしが彼の方を見ると、彼は木のそばに咲いている、白い花を指さした。 いくつもの、まるい小さな白い花。その周りには、あざやかな緑色のみつばが、地面をうめつくしていた。 柊は、じっと白詰草を見つめる。 「子供の頃、よくコレで指輪とか、花冠を一緒に作ってたよな」 わたしは瞬いて、柊の顔をながめた。遠くを見つめているような、柊の横顔は、どこか、さみしそうだった。 子供の頃−−−。 わたしは、考えた。 白詰草で指輪や花冠を、一緒に作ったと、柊は言った。 …わからない。 その、柊とのおもい出は、今のわたしの中に存在しない。 それが、すこし、かなしかった。 . 前へ |次へ |
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