《MUMEI》

「君は、嘘をついている。お見通しだ。」

先生はぼくの横で眠った振りをしていたようだ。


「先生、ぼく出て行きます。」

迷惑をおかけしている。


「……艶子に似ている。」

枯れたシロツメクサを一本、手に取られた。


「先生……」


「私が妻を殺したのかもしれない。君はどうかな。」


「違いますよ……先生の身体から、血の香りはしません。」

ぼくは先生の捨てたシロツメクサを拾い、確認した。
そして、先生はぼくの鼻に掌を近付ける。


「本当かね?」

恐れ多くも大きな先生の手に鼻先を擦り付けた。


「本当です。」

深い沈黙だった。







「ふ、ふ、はははははは!滑稽だ!首塚斬士朗は首を斬っていなかった!」

……首塚斬士朗は先生の作家名である。
奥方は心の病に伏して、首を鎌で掻っ斬って自殺された。
嗤う先生は哭いているようにも見えた。

ぼくは、どうしてもそういう心霊的なものが見えてしまう。
奥方は先生の身体に憑いていない。
ぼくの真後ろに佇む彼女こそが、真実なのだから。

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