《MUMEI》

すこし、間をおいて、柊はふわりとほほ笑んだ。

「覚えてて、くれたんだね…」

消えいりそうな声で、ありがとう、と言った。

そのときの彼の目が、すこしだけ、かなしそうに見えた、きがした。

わたしは、その瞳から、目が、離せなくなる−−−。



柊は、一度、ゆっくり瞬いた。



「もうすこし話していたいけど、ゴメン…俺、もう行くよ。バイト、遅刻しちゃう」

そう言って、彼はお母さんと静さんに簡単なあいさつをして、最後にもう一度、わたしの顔を見た。

「じゃあ、また明日…」


柊は静かに病室から出ていった。

静さんは、お花飾るわね、呟き、窓辺のキャビネットへ歩みよった。キャビネットの上には、花瓶がひとつだけ、置いてあった。

そこでお母さんが、花瓶が足りないことに気づいた。
売店に売ってないか見てくる、と言って持っていた、バラの花束をわたしにあずけ、病室から出ていった。

慌ただしいお母さんの姿を見て、静さんはあきれたように、やれやれ…とため息をついた。
それからキャビネットの上にある花瓶を見つめ、突然、なにかに気づいたように声をあげた。

「これ、シロツメクサじゃない?」

わたしは、顔をあげた。

白詰草がひとつ、キャビネットの上に、そっけなく置いてあった。柊から、もらった白詰草だった。

中庭からもどったときに、わたしがキャビネットの上に置いたのだ。

静さんは、小さな白い花を見つめながら、なつかしいわね…と呟いた。

「子供の頃、あそんだわ。指輪とか冠とか、いっぱいつくって。それで、よく怒られたよね。『ムダにお花を摘み取るもんじゃない』って…」

わたしは静さんの顔を見た。彼女はおだやかな表情をうかべていた。わたしは静さんの台詞を聞いて、彼女も、柊とおなじおもい出を、覚えているのだとおもった。


わたしには、わからないけれど。


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