《MUMEI》

柊は、わたしが眠っていた5年間、毎日欠かさず病室へかよってくれたのだ、と、前にお母さんが教えてくれた。

彼は眠っているわたしに、何度も呼びかけては、祈っていたという。

昔のように、みんなでたのしく、毎日が過ごせるように、と。



けれど、目覚めたときには、わたしに記憶はなく…。



気落ちしたわたしの家族を、彼は献身的にはげました。



−−きっと、だいじょうぶ。栞はしっかり者だから、ちゃんとおもい出しますよ…。



そのときの、柊のやさしい言葉に、とても支えられた、とお母さんはなつかしそうに、言った。



それなのに。


どうして…?とおもった。



わたしが記憶を取りもどして…
本来の《佐久間 栞》が目覚めるのを、

柊は、だれよりも待ち望んでいたはず。




なのにどうして、あんなにもせつない目をするのだろう…。




−−−柊のことが、わからない。




◆◆◆◆◆◆




わたしが柊と付き合いはじめたのは、高校2年生のときのことだった。

告白は、柊から。

「栞のこと、すきなんだ」

ストレートな愛の言葉につづけて、「俺のこと、すき?」と、これもまたストレートに尋ねてきたのだ。


黒いセルフレームの眼鏡の奥にある、柊のやさしい瞳に、わたしは魅せられた。


わたしは恥ずかしかったが、「すき」と答えると、すかさず柊は「じゃあ、付き合う?」と聞いてきた。わたしが頷くと、柊はほがらかに笑って見せた。


それまで、わたしたちはほんとうに家族のようだったから、付き合ってからも以前と変わらず仲が良かったけれど、子供みたいなケンカも数えられないほど、いっぱいしていた。

でも、どんなにケンカしても、別れることはなかった。最終的には、どちらからともなく、簡単に仲直りをしてしまうのだ。

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