《MUMEI》
悪い、夢
わたしは瞬いて、どうして?と尋ねると、お姉ちゃんはすこし黙った。
考えを逡巡するように、窓辺に置かれた花々をながめながら、言った。

「あんたには、あんたの生活があるように、あの子には、あの子の人生があるの」


わたしは、彼女の言葉を、かんがえた。


わたしは5年まえ、交通事故で意識不明になり、長い長い眠りについた。

柊は、眠りつづけるわたしの看病をしながらも、『わたしのいない5年間』を過ごしていた。


つまり、そういうことだ。


わたしと柊は、この5年間、手をのばせばすぐ届くところにいたが、ほんとうは、とても遠いところにいた。


柊には、すでに、あたらしい人生があるのだ。

わたしが知っている、5年まえの柊とは、まったく別の人生が。



それが、5年という長い時間の、代償なんだろう。



お姉ちゃんは、それを、言いたかったのだ。




わたしは小さな声で、わかってるよ…と答えた。お姉ちゃんはそれ以上、なにも言わなかった。

じきに、柊が病室へやってきた。お姉ちゃんは、柊と入れ代わりに帰っていった。

柊は、わたしの顔をのぞきこみながら、やわらかく笑う。

「ずいぶん、顔色がよくなったね。安心したよ」

わたしは、ベッドの脇に立っている柊の顔を見あげて、そして、違和感があった。

わたしは、ねえ、と呼びかけた。柊は、椅子に座り、なに?と聞きかえしてきた。

思いついた言葉を、わたしは口にする。


「メガネ、してないんだね?」


わたしが目を覚ましてから、今まで、柊は一度も眼鏡をかけていなかった。

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